平智之の活動ブログ

防災や福祉のためにこそ、いますぐに

2014年1月25日 06:54

とりわけ東京都民に知ってほしい。「原発事故は当然、起こり得る」と原子力規制委員長が断言。防災や福祉のためにこそ、いますぐに原発の廃止措置計画を策定し執行すべき。


●規制委委員長の見解は政府見解
このことはすべての国民はもちろん、大きな電力消費者である東京都民にぜひとも知って欲しい。日本の原子力規制機関である原子力規制委員会の委員長が公的な会議の場で「(原発)事故は当然、起こり得る」と断言している。規制委員長は三条委員会の長であるから政府の一員であり、委員長発言は実質的に政府見解となりえる。

●有識者との意見交換会で
「(原発)事故は当然、起こり得る」の言質は「原子力規制委員会と有識者との意見交換会 議事録」、平成25年9月30日(月)、5Pにある。該当箇所を抜粋する。

「私どもは新規制基準の策定に当たりましては、これらの指摘を踏まえどんな技術にもリスクはある、「事故は当然、起こり得る」という前提、言いかえると深層防護の考え方を採用しました。」

●なぜ態度を変えたのか?
委員長は当たり前のことを言っている。原発事故は当然起こり得る。しかし、従前の安全神話体制のなかでは、たとえばラスムッセンレポートに代表されるように「過酷事故は起こるとしても非常に小さな確率(たとえば50億年に1回など)」という風潮を定着させてきた。また「事故といっても放射能が外部に漏れるようなタイプの過酷事故は、これを起こさない対策が何重にも施されているから大丈夫だ」という楽観論を流布してきた。なぜ態度を変えたのか?

●責任逃れと再稼働容認
理由は2点あると私は考えている。ひとつは責任逃れ。もうひとつはバックフィットの形骸化による再稼働推進である。ひとつめの責任逃れであるが、規制委員会は再稼働容認に際して「事故が起こらないことのお墨付き」を出すことを回避せねばならない。万一再稼働後に事故が起こって、それが規制委の再稼働容認の判断ミスだったと言われては困る。事故は起こり得る。だから「事故は当然、起こり得る」と最初に宣言しておく。規制委がやることは単に再稼働申請にかかる適合性(基準と合ってるかどうか)の判断だけで、再稼働の決定そのものは経産大臣はじめ閣議に全責任がある、という発想ではないか。

●バックフィットの形骸化
次にバックフィット。「その時の世界最高の安全基準」を既設炉が満たさない限り再稼働を認めないというのがバックフィット制度。しかし規制委としては、だから再稼働した後に絶対に事故が起こらないようにするのがバックフィット制度だと言われても困る。事故は起こり得る。だからバックフィット制度そのものが事故が起きえないことを担保するものではなく、単に「世界最高」だけを担保するものだと定義するために「事故は当然、起こり得る」と最初に宣言し、バックフィットを形骸化しておく。

●リスクゼロを否定するバックフィット
私もこのブログで何度も指摘しているとおり、バックフィット制度は「できるだけ頑張る対策」ではあっても「事故を起こさない対策」ではないという点をみなさんにも押さえていただきたい。事実そのことを、規制委員長自らが、前掲の議事録のなかで「バックフィットの合理性の背景」として述べている。以下抜粋。

「同時に私たちがこだわったのは、安全目標の設定です。我が国では、リスクゼロを求める世の中で原子力の安全性についての異論を排除し、結果的に安全神話の世界を作り出していました。この考えを払拭する具体的な取組の一つが、安全目標の設定で、この目標は新たな規制の中で採用していますし、これ自体がバックフィットの合理性の背景にもなっていると考えています。」

●再稼働しやすくなる
これで再稼働しやすくなる。「事故は当然、起こり得る」と宣言した瞬間から、バックフィットはリスクゼロを担保する制度ではないので、再稼働の際に「世界最高」という曖昧な基準で「リスクを取り除く努力をした」と情報提供すれば再稼働できることになる。

●防災や福祉のためにこそ今すぐ廃止措置へ
まとめる。昨年9月に日本の原子力行政は、これまでの「事故は起こさない」から「事故は当然、起こり得る」に転換した。「すぐにゼロといっても無理でしょう」と語る都民の映像をTVニュースなどで見るが、ひとたび事故を起こせば修復不能の甚大な被害を及ぼす原発が、政府公認でいつでも事故を起こしえる状況にある。この点をどうか認識して欲しい。防災や福祉を重視するからこそ、なおさら一刻も早い原発廃止措置計画の策定と執行が必要だ。廃止措置にも数十年かかる。使用済核燃料を取り出して安全に冷却できるようになるまで、日本中で福島第一原発と同じ過酷事故が起こり得ることを知って欲しい。

ページの先頭に戻る