平智之の活動ブログ

東電の全面撤退説 vs 官邸の3.11政局利用説

2014年8月22日 19:44

東電の撤退と退避.jpg


▼いただいたご指摘

「東電の撤退で炉が放置されかねなかったが、それを総理が食い止めた」の件で、平先生の記事(3.11吉田所長は住民避難を求めていた)に違和感がありました。私の知るかぎり、ここでのプレイヤーには「吉田所長」と「菅首相(官邸)」のほかに「本店」と「清水社長」がいます。で、それぞれ別のことを考えていて、連係がとれていなかったのは確かだと思います。

流れとしては、まずひとつは、清水社長が官邸に全面撤退を打診→菅首相が激怒、本店に乗り込んで撤退はさせないと怒鳴る→清水社長のいなかった本店の人々は(全面撤退のつもりでなかったので)ポカーン、と。つまり全面撤退を言っていたのは吉田所長ではなく清水社長であると思います(たとえば福山哲郎氏の記事)。

これとは別に吉田所長と官邸の関係で、本来直接くるはずない官邸から指示がどんどんくる→吉田所長「官邸から直接指示が来るとは何事か。本店は一体何をやってるんだ」、という流れがあったと。産経はこの言葉を菅首相(あのおっさん)批判と取っていますが、それもあるんでしょうがたぶん歪曲で、一義的には本店批判に見えます。

というように理解していましたが、ソースを確認しようと思いざっと検索したところですが、これなんか参考になりますでしょうか。ちゃんと調べるともっと出てくるかもしれませんが。いずれにせよ吉田調書は即刻公開すべきですが、公開するとムラの人にまずいことがあるんでしょうね。


ご指摘に対する平の返答

「全面撤退と言ったのは現場所長ではなく東電社長ではないか」という点、おっしゃるとおりかもしれません。しかし事実は不明なままですし、すっきりしません。議事録なし、ビデオ音声なしで、確たることはまだ何もわからないので事実の究明が必要です。吉田元所長が全面撤退とは言わないだろうという点は2018/8/20のブログで私の推測を述べましたが、東電本社においても全面撤退と言うかどうか、言ったかどうかは、依然として不明だという認識を私は持っております。

すでに3年以上経っているにもかかわらず全面撤退発言の事実検証が曖昧なままで終わっています。さすがに当時の関係者に曖昧にしておこうという意図はないと信じたいですが、積極的に明らかにしようという意図がないことはほぼ間違いありません。原発災害に際して政府において生じうる「情報の混乱」、「情報の隠ぺい」、「避難指示の間違い」あるいは「3.11の政局利用」の可能性(後述)などを明らかにするためにも、曖昧なままでは済まされません。

以下はすべて私の推測を含みます。
私自身も引き続き追及しますが、日本のジャーナリズムにも期待するところです。
細かくなりますが、ご指摘と引用された記事を中心にすこし検証してみます。

まず、ご指摘の「全面撤退を言っていたのは吉田所長ではなく清水社長であると思います」という点ですが、清水社長(当時)が意味として一部退避ではなく全面撤退を主張していたのかどうかは、確たる証拠がなく、前述のとおり、私としてはいまだに不明という認識です。

事実、最近の産経記事『経産相当時も撤退ではなく退避』において、海江田経産大臣(当時)の2014.8.19の記者会見での発言が次のように紹介されています。
『私は(経産相当時に)撤退ではなく退避という言葉を聞いた。撤退という言葉がどこから出てきたのかは今となってはつまびらかではない』

海江田大臣(当時)は現民主党代表であると同時に、当時の現場収束の実務上の最高責任者でした。発災直後の3月15日に東電本社に設置された統合本部の副本部長(本部長は菅総理)として、同じく副本部長の清水社長と常駐で仕事をしていた間柄です。その海江田元大臣による「撤退という言葉がどこから出てきたのか?」という発言は非常に重大ではないでしょうか。

話は複雑になります。

ご指摘で引用された2年半前の朝日新聞(2012年03月21日、竹内敬二)の記事『「撤退するか残るか」。東電と菅首相が直面した究極の選択』に次のようにあります。
『日付が14日深夜から翌15日未明にかけて、東京電力の清水社長は、「福島第一原発から退避したい」という「申し出」を首相官邸などに繰り返していたのである。今は、東電側は「全面撤退を企図してはいなかった」というが、電話を受けた側の菅首相、海江田経産相、枝野官房長官らは「全面撤退」と受け取り、「原発はどうなるのか」と相談していた。』
つまり、この記事でも清水社長は「退避したい」と発言したことになっており、「撤退と言った」とは書かれておりません。そして政治家側がそれを「全面撤退と受け取った」とされているのです。「海江田元大臣も撤退を心配していた」という記事になっています。

辻褄が合いません。清水社長から官邸への電話で海江田大臣(当時)が全面撤退と受け取ったのであれば、なぜ最近(2014.8.19)になって「撤退ではなく退避だった」と発言するのか。東電の退避要請を官邸側で全面撤退と勘違いしたと言うのか、それとも今になって東電の全面撤退発言の可能性を打ち消そうとしているのか。いずれにしても大問題ではないでしょうか。

同記事中で「菅総理が撤退を許さない」と東電に乗り込んだ際のことについて「菅首相は東電に、海江田経産相、細野首相補佐官らを帯同していた。」とあります。また同じくご指摘で引用される福山官房副長官(当時)の『原発撤退、朝日新聞のスクープ』(2014年05月20日 )には『東電・清水社長を呼んで撤退をやめるように指示した現場にも同席しました。その後、菅総理とともに、明け方5時半頃、東電に乗り込み、この記事にある6時15分頃の巨大な衝撃音を東電本社内で聞きました。いまだに鮮明に記憶に残っています。』とあります。さらに元副長官は『「撤退要請」をあとになってから「一部退避であり撤退は考えていなかった」と強弁し続けた東電の相変わらずの隠蔽体質の問題です。』と述べています。

以上を総合すると、3月15日、東電本社の統合本部で、同じ時間か、時間差があるのかは不明ながら、いずれにしても菅総理が「撤退は許さない」と東電に釘を刺した場面を元経産大臣、元副長官、元補佐官の少なくとも3人の政治家が直接聞いたという記録です。そして、元大臣は「撤退とは聞いていない」との認識であり、元副長官は「撤退要請だった」と明言しています。(しかし「聞いた」とは書かれていません) 事実はどうなのでしょうか。このような状況で全面撤退発言の有無を確定するのはすこし尚早ではないかと思います。

もちろん東電経営者が全面撤退と発言した可能性はあります。その可能性は否定しません。東京内幸町の経営トップだけが暴走した可能性です。しかしその場合、事態は想像を絶するほど深刻です。日本の国土の半分が壊滅すること知って全面撤退を企図し、経営トップがそれを時の総理に具申したという推測になります。総理に向かって日本の半分を壊滅させてくれ、というようなものです。そして、東京を含めた東日本壊滅のリスクを冒すことを知ったうえでの具申ですから、経営基盤となる土地が消滅しますので総理に指摘されるまでもなく会社は潰れます。潰れると言うより資本の消滅です。ですから東電社長(当時)が現場からすべての職員を全面撤退しますというのは「わが社は日本の半分とともに消滅します」という自己宣言です。経営者がそれを宣言したとするならば、東電のペナルティーも考えうる最も重いレベルでなければならないと思います。「東電が全面撤退しようとした」ということはそういうことのはずです。そもそも吉田元所長はじめ東電及び下請社員を撤退させて、東日本が広大に脱落して、そしてみんなでどこへ行くと考えたのか。ミステリーです。

さて、そのようなミステリーの可能性が"あり"である以上、次のミステリーも考えておいてよいと思います。それは「東電が全面撤退と言い、政府がそれを食い止めた」という政府と東電の「勧善懲悪の図式」が作られたものだというミステリーです。いかにもスクープであり、こういう図式の記事は一応検証が必要だと思います。杞憂であればとも思いますが、もし当時の官邸内の誰かが、3.11の惨事をマニフェスト不履行による政権支持率低落に歯止めをかける"政権浮揚のきっかけ"にしたいというような極めて不謹慎かつ非人道的な意図を持ったとしたら、これは絶好の図式となります。そうやって東電を鬼に仕立てて政府(桃太郎)の鬼退治を演出したとしたら。「東電が情報を隠すからいけないのだ」という印象操作をして国民の怒りを東電に向け、ちぐはぐな避難指示による人と土地に対する被ばくの責任主体をぼかしつつ、「よく頑張っている政府」という印象を醸成することになります。結局、SPEEDIデータ隠ぺいの具体的な詳細(要するに誰が当初SPEEDIを出すなと指示したのか?)は今でも霧のなかなのです。これが冒頭述べた「官邸の3.11政局利用」の可能性です。言い換えれば「政局を優先させる人命軽視」説です。こちらも東電の全面撤退説と同様に一応検証しておくべきではないでしょうか。いずれであってもその非人道性は筆舌に尽くしがたいです。ちなみに「東電の全面撤退説」が東電の経営者を除いて誰もはかり知らないシナリオであるように、「政府の3.11政局利用説」も官邸の数名を除いて当時の民主党のすべての議員があずかり知ることのできないシナリオです。両方ともそれくらい尋常ではないと考えて、そのうえで「東電の全面撤退説」の重大性を見つめなければならないと思います。

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