平智之の活動ブログ

2015年2月

3/8(日)18時半、平智之講演会「金融危機というビジネスモデル」(第2回)

2015年2月23日 23:37

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●平智之講演会の告知

3月8日(日)平智之 京都講演会を開催します。
みなさんの参加をお待ちします。

・テーマ 「金融危機というビジネスモデル」(第2回)
・日 時 平成27年3月8日(日) 午後6時半~午後8時
・場 所 ハートピア京都 第4会議室(京都市営地下鉄烏丸線「丸太町駅」5番出口)
・参 加 参加無料、事前申込なし
・主 催 平 智之 info@t-taira.net


<内容>

●4カ月の3つの決定
量的緩和をやめる米国、つづける日本、はじめる欧州。
4カ月の間に起こった3つの決定の流れを、金融と通貨をめぐるビジネスモデルとして見てみる。

●負けたら退路がない
少し上向いたGDPと1万8千円を突き抜けた株価は、現況では日銀の"退路を断った"国債等の大量買いに依存している。日銀の緩和継続宣言で日本は「絶対に負けられない試合」の後半戦に入った。政治は自らが描いたこの状態の可能性とリスクを国民に説明する義務がある。うまくいけば結果オーライ。しかしもし負けたら"退路がない"。

●「強いドル」というビジネスモデル
「金融危機というビジネスモデル」(第2回)では、以上のような事態で考えられる90年代の「強いドル」というビジネスモデルについて政治の視点から議論を提供する。

3/10(火)19時半、平智之講演会「ベーシックインカムを考える」(東京第1回)

2015年2月10日 00:12

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●平智之講演会の告知

3月10日(火)平智之 東京講演会を開催します。

・テーマ 「ベーシックインカムを考える」(東京第1回)
     トマ・ピケティの累進課税はBIの財源になえりるか?

・日 時 平成27年3月10日(火)午後7時半~午後9時半
・場 所 スタジオ・ベイド下北沢店Fスタジオ
     東京都世田谷区代沢5-8-14 岩城ビル地下1階
     TEL:03-5432-0040 
・参 加 参加無料、事前申込なし
・主 催 平 智之 info@t-taira.net


<内容>
●高所得者から多く徴税する発想
高所得者ほど高い税率をかけるのが累進課税。だから累進課税を強くすると高所得者から高所得者でない人へたくさんのお金が移動する。(役所がきちんと配ればだが)トマ・ピケティはこの累進課税を使って拡がり過ぎた格差をすこし戻すべきだと主張している。具体的には有資産者が銀行預金や証券などで有している"金融資産"に課税する、あるいはものすごく高い報酬を受け取っている人にもっと多くの税金を課すというしくみを"世界で一緒に"やるべきだと主張している。いま世界で賛同と異論の声が同時にあがっている。

●ベーシックインカムでも累進課税に期待感
一方、「仕事しているかどうか、財産があるかどうかに関わらず、国が個人に最低限の収入を無条件で保障する」というベーシックインカムについても、高所得者・有資産者からの税金を財源にすべきだという意見が以前から多くあった。ここにも賛否両論がある。

●トマ・ピケティの累進課税はベーシックインカムの財源になるか?
「ベーシックインカムを考える」(東京第1回)ではまず私から次の話題を提供したい。
1 ベーシックインカムとはなにか?
2 私が考えるトマ・ピケティのr>g
3 累進課税をベーシックインカムの財源にすることの明と暗

そして後半では「トマピケティの累進課税がベーシックインカムの財源になりえるか?」ということについて参加者との意見交換を行いたい。

トマ・ピケティの「21世紀の資本」に詳しい方、ベーシックインカムに関心のある方(反対の方も)を含めていろんなご意見のみなさんに参加いただきたい。お待ちします。

お金持ちもベーシックインカムを受け取る(BI#5)

2015年2月 8日 05:00

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平智之講演会『ベーシンクインカムを考える(第三回)』(2015/1/31)の内容をスライドごとに解説(その5)


●所得制限にYesか?Noか?
「お金持ちにベーシックインカムは不要だから、やはり収入制限はあったほうがいいと思うか?」と聞かれたらYesかNoか、どちらだろうか。生活保護の場合は、ご存知のとおり所得制限があって基準以下の低所得層だけに給付されるしくみだが、BIはどうだろうか。

●"すべての市民"が重要
ここまで述べてきたように、私は「格差の是正」よりも「働く自由」に重点を置いてBIを考えたいと思っている。その場合にBIを受け取る権利は誰にあるのか。私の場合、BIを受け取る権利は低所得層だけではなく、高所得者も含めた「すべて」の市民にあると考えている。だから答えはNoで、所得制限を設けないからこそBIなのだと考えている。「市民とはだれか」には様々な議論があるが、まずはこの「すべて」ということが重要だと考えている。

●鳩山政権の子ども手当も同じ
この点については鳩山政権の子ども手当でも同じ議論があった。子ども手当は格差の是正を目的とするものではなく、すべての子供に等しく給付されるということから、鳩山総理(当時)は「所得制限を設けないのが基本」という立場を貫こうとしていた。しかし財務省からは財源不足を理由に所得制限を設けざるをえないという立場が表明され、最終的には三党合意で子ども手当が廃止となり、結局は所得制限付きの児童手当に戻された。給付額を抑えたいという動機はとても強いから所得制限を設けないのはとても難しい。

●所得制限で生じる問題
さて、もしBIの受け取りに所得制限を設けると、生活保護等で指摘されるようにいくつもの問題が生じる。たとえば、
1 わざと働かないでBIを受け続けようとする問題(貧困の罠)
2 所得を不正に低く申告してBIを受け取る問題(不正受給)
3 以上により高所得層が制度そのものに不信感と不公平感を持つ問題
4 BI受給者が社会に対して「申し訳ない」という思いを抱く問題(スティグマ)
5 所得制限の基準額が選挙などに政治利用されて利権化する問題

●格差是正なら生活保護の充実が早くて効果的
生活保護制度はそのような所得制限の問題を抱えつつも実施されている。そうした問題を乗り越えてでも実施する義務がある。生存権(憲法25条)だ。そう考えると、もしBIの目的が「格差の是正」ならば、特に新しい制度として国論を挙げてBIを構想しなくても、いまの生活保護制度の捕捉率(実際に生活保護費を受け取っている人/生活保護費を受け取れる人)の向上を目指す方が早くて効果的だ。平成24年度の生活保護費3.7兆円を何倍にしてでも保護が必要な人に給付していくことを目標とすればよい。たとえば捕捉率2割という説があるが、それが本当なら生活保護予算を3.7兆円から18.5兆円(=3.7兆円×5)に拡大する計画を考えることになる。ものすごく巨額な増額だが、そもそもBIがものすごく巨額な予算要求を前提としている。

●「すべての市民」だから新しい制度に
しかし、BIの目的が「格差の是正」ではなく「働く自由」ならば、生活保護と比べる意味はないし、所得制限も必須ではない。これから数十年は続くとされる人口減少期に入ったところで国民全員で一緒に考えてみてはどうか。これまで子どもと高齢者に認められてきた生活保障(子ども手当と年金)を下から上からすべての世代に延長し、かつ所得制限も設けないという新しい制度の価値を検討してみてはどうだろうか。「すべての市民を対象とする現金給付」という新しい制度の価値と実現性だ。これからそのことについて私の考えを述べたい。 (続きはBI#6へ)

「働く自由」に向けたベーシックインカム(BI#4)

2015年2月 6日 16:53

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平智之講演会『ベーシンクインカムを考える(第三回)』(2015/1/31)の内容をスライドごとに解説(その4)


●「格差」と「自由」という二つの立場
二つの立場を考えたい。格差を是正する、あるいは脱貧困のためにBIが必要だとする立場と、働く自由を生み出すうえでBIが有意義だとする立場と。実際にBIが施行されたら、人それぞれの事情で脱貧困に役立つ場合もあれば、働く自由に有効となる場合もあるだろう。BIを受け取る人によってとらえ方が変わって当然だが、制度を考えるうえでは、どちらをより優先するかが重要となる。

●ブラジルのBIは脱貧困から
ブラジルではすでにベーシックインカムの基本法が施行されている。皆さんもご存じのとおりブラジルは貧富の格差が非常に大きい国。富裕層(1%)と貧困層(50%)の世帯収入合計が同じという統計もある。そこでブラジルは以下の原則を求めるBIの基本法を施行している。
・すべての国民(及び最低5年以上居住の外国人)を対象とする
・収入に関わらず受給できる
・生活(食糧、教育、健康)に最低限必要な金額とする
・BIは所得税で非課税とする
しかし財源が足りないので、まずは"所得制限あり"の子ども手当からはじめている。貧困層の子どもたちを救うのだ。(注:貧困家庭にBolsa Familiaと呼ばれるカードが配布され、子どもの人数に応じて現金が給付される。主として食費に使われているという調査がある。)

●スイスのBIは自由から
一方スイスでは、BIの実施に関する国民投票が連邦議会で審議中とされている。日本は憲法改正に関してのみ国会発議で国民投票を実施できるが、スイスではたとえば国民が「BIを導入して欲しい」というイニシャチブを宣言し、18か月以内に10万人以上の署名を集めて連邦議会に提出すると、議会で国民投票実施の審議をしなければならないそうだ。つまり国民投票に関して日本は議会発議でスイスは国民発議となる。そしてそのイニシャチブが一昨年(2013年10月)に十数万筆の署名とともに議会に提出されたとのこと。内容の大枠は国民一人あたり(成人)に1カ月あたり2,500スイスフランを無条件支給するというもの。スイスの平均年収は約9百万円なので為替レートと購買力平価などを大雑把に勘案すると日本円では1カ月当たり15万円程度になる。ブラジルに見る脱貧困のニーズというよりは、働く自由に対する要求がより強いように思う。(注:ところでスイスでは2013年11月に「1:12イニシャチブ」が国民投票に付された。年収格差を12倍以内に収めることの是非を問うた。約65%vs35%で否決されたが、格差についても非常に高い関心がある。)

●完全BIと部分BI
さて、ベーシックインカムについて格差と自由の二つの立場があるとすれば、私は「働く自由」から考えてみたいと思っている。つまりスイス型だ。ただしスイスの市民案のように月15万円の規模はとても難しい。日本の成人は約1億人で、もし一人15万円を毎月給付すると年間180兆円の財源が必要となる。現在、日本の年金と児童手当が60兆円弱だからその3倍。これはとても難しい。15万円が理想的な「完全BI」だとすれば、私は金額はそれよりも少ないが実現性が少し高まる「部分BI」を皆さんと考えてみたいと思っている。議論のために、成人が月5万円、子どもが月2万5千円とする。

●「働く自由」に向けたベーシックインカム
重ねて、国民一人当たり、月15万円を給付するとどんな社会になるかを想像してみるのは非常に意義深い。子ども、高齢者、障害者を含めて、もしすべての国民が貧困から解放されたら、その場合に労働観はどうなるか、それでも自由競争による格差が問題になるのかなど。しかし政治の議論としては、たとえ部分BIであっても、実現により近づける方向を探りたい。部分BIといっても、大人2人、子供2人の世帯なら合計で月15万円のBI(ちなみにスイスBI案ならば月30万円)になる。結構な額だ。すると、たとえば「農業に関わりたいので今の仕事をやめたい」とか「地域活動にもっと時間を割きたいので就労時間を短くしたい」とか「大学院に進んで勉強を続けたい」など、自分の社会環境が変化するときに余裕が持てる。さまざまな「働く自由」が期待できるかもしれない。ちなみにトマス・ペインは「農民の正義」(1797)のなかで高齢者の年金に加えて「若者の就職準備金」のような最低限所得保障の重要性を書いているとのこと。各自が求める仕事に向かっていく姿勢を社会が応援するしくみとしてBIを考えられないか。

ベーシックインカムが福祉国家に馴染まない可能性(BI#3)

2015年2月 5日 19:50

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平智之講演会『ベーシンクインカムを考える(第三回)』(2015/1/31)の内容をスライドごとに解説(その3)


福祉国家では雇用政策が重視される。失業は社会不安の源なのだから「資本主義の延命策である福祉政策」(BI#2参照)は完全雇用を目指すことになる。だから職業訓練も失業給付も次の就職を応援するのであって、失業はあくまでも一時的なものとされる。

一方、就労の有無を問わない現金給付であるBIの発想からすると、雇用政策はあってもいいし、なくてもいい。仕事に戻ってもらうための職業訓練や現金給付を行う福祉国家は、仕事に戻らなくても現金を給付するBIと馴染まない部分がある。

BIのある国家と福祉国家が同じとは言えない。

注)ちなみに私はBIの実現を望むならば現行の福祉政策の充実とセットだと思っている。後述のするが、現行の厚生年金、共済年金、健康保険の各制度の充実とともにBIがある、という考え方を持つ。

福祉制度は資本主義の延命策という考え方がある(BI#2)

2015年2月 5日 19:46

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平智之講演会『ベーシンクインカムを考える(第三回)』(2015/1/31)の内容をスライドごとに解説(その2)


『社会主義国家=福祉国家』という見方を聞くことがある。究極の福祉国家が社会主義国だという見方だ。

どうだろうか。私自身、BIを勉強し始めてからいろんな本に触れるが、福祉国家については「自由競争で生まれる格差を富の再分配で修復する国家を指す」という主旨の解説を読む。つまり格差の不安を取り除いて自由競争に基づく資本主義を守ることが再分配の目的だという説明がなされているのだ。だから社会主義側からすると「福祉政策は資本主義の延命策」という解釈になる。

すると福祉国家は資本主義国家のひとつのかたちではあっても、社会主義国家の姿とはならない。(革命論からすれば福祉国家は社会主義国家の一歩手前ということかもしれない)

福祉国家と社会主義国家が同じとは言えない。

社会主義とベーシックインカムはむしろ相いれない(BI#1)

2015年2月 5日 19:38

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平智之講演会『ベーシンクインカムを考える(第三回)』(2015/1/31)の内容をスライドごとに解説(その1)

BIについて語ると『それは社会主義的だ』という意見をもらうことがある。「就業の有無にかかわらず国家が個人に現金を配る」ことが社会主義的だという指摘だ。

しかし、皆さんもご存知のとおりレーニンは「働かざる者食うべからず」を引用して「勤労の義務」を社会主義社会の前提とした。

労働なき収入を国家が保証するBIの考え方が社会主義的だとする解釈は難しい。社会主義とBIはむしろ相いれないのではないか。

BIのある国家と社会主義国家が同じとは言えない。

【報道ウォッチ34】 古賀氏の「I am not Abe」

2015年2月 3日 00:12

シリアにおける邦人殺害予告事案に関する関係閣僚会議.jpg平成27年2月1日、シリアにおける邦人殺害予告事案に関する関係閣僚会議(首相官邸HPより転載)


●総理の会見『償わさせる』
2月1日早朝、安倍総理は首相官邸のぶら下がりで次のように発言した。
『ご家族のご心痛を想うと言葉もありません。政府として全力で対応してまいりましたが、まことに痛恨の極みであります。非道卑劣な、卑劣極まりないテロ行為に強い怒りを覚えます。テロリストたちを決して許しません。その罪を償わさせるために国際社会と連携してまいります。日本がテロに屈することは決してありません。食糧支援、医療支援といった人道支援をさらに拡充してまいります。そしてテロと戦う国際社会において日本としての責任を毅然として果たしてまいります。』(2/1、首相官邸、午前6時40分過ぎ)

●「償わさせる」ことは可能なのか?
集団的自衛権の限定的行使容認は昨年7/1に閣議決定されたが、それで「償わさせる」ことは不可能だ。できるのは「自分の身を守る」ことだ。武力行使の新三要件(①我が国の存立を脅かす明白な危険性(急迫不正から変更)、②他に方法がない、③必要最小限)については、昨年7/1の閣議決定直後に総理が発言したとおり「憲法の規範性を何ら変更するものではなく、新三要件は憲法上の明確な歯止めとなっています。」であるから、現行憲法によりテロ行為に対して「罪を償わせる」ことができる法理を作れると私には考えられない。どんな論理で「人道支援」と「罪を償わさせる」がつながるのか。

●官房長官はさらに強いトーン
野党等の追求によって発言の撤回または訂正があるかと思ったが、官邸のホームページには「シリアにおける邦人殺害予告事案に関する関係閣僚会議」での冒頭発言としてほぼ同じ発言内容が掲載されている。時間の異なる会見で同じ内容だとしたら、これは原稿だ。そして、翌日の菅官房長官は会見で「昨日総理が発言しますけど、この罪を償わせるために、国際社会と連携していく」と明言している。「人道支援」が抜け落ちて、「国際社会と連携して償わせる」という強いトーンになった。

●「首相声明、自ら加筆」との報道
事務方(官僚側)の原稿で「償わせる」という文言が使われることは考えにくい。すでに報道では「首相が自ら加筆した」とある。これが本当ならば国防に重大な影響を及ぼす行政行為だ。政府は行政府だ。行政と立法の分立の原則により立法側の自民党内部からも異論が出ていることを願う。どこまでが事務秘書官の作文で、どの部分が政治家の加筆なのかを見定めて欲しい。平成23年12月26日に野田総理(当時)が「発電所の事故そのものは"収束に至った"と判断をされる、との確認を行いました。」という発言でも同じ憶測が流れた。誰が「収束に至った」と書いたのか。

●集団的自衛権と原発再稼働の共通点
昨年夏、私は『集団的自衛権と原発再稼働の共通点』という講演会を開催した。その時の私の論点は「与党がどこであっても、総理が誰であっても、消費税は上げるし、原発は再稼働する。政治家と関係なく官僚が一貫している。」という主旨だった。しかし今回は逆の論点となる。行政の一貫性を超えて政治が独り歩きする場合の危険性だ。どちらもあって複雑だ。

●古賀氏の「I am not Abe」
その意味で、古賀茂明氏が報道番組で発言した「I am not Abe」に意義がある。一見、賛成vs反対の"明快な争点"とも受け取れるが、その真意には政治家と官僚が織りなす司法・行政・立法の混沌とした複雑な意思決定プロセスを知り抜いたうえでの視座があると思う。"読み切った論点"も民主主義にとって欠かせない。

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