平智之の活動ブログ

【報道ウォッチ34】 古賀氏の「I am not Abe」

2015年2月 3日 00:12

シリアにおける邦人殺害予告事案に関する関係閣僚会議.jpg平成27年2月1日、シリアにおける邦人殺害予告事案に関する関係閣僚会議(首相官邸HPより転載)


●総理の会見『償わさせる』
2月1日早朝、安倍総理は首相官邸のぶら下がりで次のように発言した。
『ご家族のご心痛を想うと言葉もありません。政府として全力で対応してまいりましたが、まことに痛恨の極みであります。非道卑劣な、卑劣極まりないテロ行為に強い怒りを覚えます。テロリストたちを決して許しません。その罪を償わさせるために国際社会と連携してまいります。日本がテロに屈することは決してありません。食糧支援、医療支援といった人道支援をさらに拡充してまいります。そしてテロと戦う国際社会において日本としての責任を毅然として果たしてまいります。』(2/1、首相官邸、午前6時40分過ぎ)

●「償わさせる」ことは可能なのか?
集団的自衛権の限定的行使容認は昨年7/1に閣議決定されたが、それで「償わさせる」ことは不可能だ。できるのは「自分の身を守る」ことだ。武力行使の新三要件(①我が国の存立を脅かす明白な危険性(急迫不正から変更)、②他に方法がない、③必要最小限)については、昨年7/1の閣議決定直後に総理が発言したとおり「憲法の規範性を何ら変更するものではなく、新三要件は憲法上の明確な歯止めとなっています。」であるから、現行憲法によりテロ行為に対して「罪を償わせる」ことができる法理を作れると私には考えられない。どんな論理で「人道支援」と「罪を償わさせる」がつながるのか。

●官房長官はさらに強いトーン
野党等の追求によって発言の撤回または訂正があるかと思ったが、官邸のホームページには「シリアにおける邦人殺害予告事案に関する関係閣僚会議」での冒頭発言としてほぼ同じ発言内容が掲載されている。時間の異なる会見で同じ内容だとしたら、これは原稿だ。そして、翌日の菅官房長官は会見で「昨日総理が発言しますけど、この罪を償わせるために、国際社会と連携していく」と明言している。「人道支援」が抜け落ちて、「国際社会と連携して償わせる」という強いトーンになった。

●「首相声明、自ら加筆」との報道
事務方(官僚側)の原稿で「償わせる」という文言が使われることは考えにくい。すでに報道では「首相が自ら加筆した」とある。これが本当ならば国防に重大な影響を及ぼす行政行為だ。政府は行政府だ。行政と立法の分立の原則により立法側の自民党内部からも異論が出ていることを願う。どこまでが事務秘書官の作文で、どの部分が政治家の加筆なのかを見定めて欲しい。平成23年12月26日に野田総理(当時)が「発電所の事故そのものは"収束に至った"と判断をされる、との確認を行いました。」という発言でも同じ憶測が流れた。誰が「収束に至った」と書いたのか。

●集団的自衛権と原発再稼働の共通点
昨年夏、私は『集団的自衛権と原発再稼働の共通点』という講演会を開催した。その時の私の論点は「与党がどこであっても、総理が誰であっても、消費税は上げるし、原発は再稼働する。政治家と関係なく官僚が一貫している。」という主旨だった。しかし今回は逆の論点となる。行政の一貫性を超えて政治が独り歩きする場合の危険性だ。どちらもあって複雑だ。

●古賀氏の「I am not Abe」
その意味で、古賀茂明氏が報道番組で発言した「I am not Abe」に意義がある。一見、賛成vs反対の"明快な争点"とも受け取れるが、その真意には政治家と官僚が織りなす司法・行政・立法の混沌とした複雑な意思決定プロセスを知り抜いたうえでの視座があると思う。"読み切った論点"も民主主義にとって欠かせない。

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