平智之の活動ブログ

原発技術者に新しいエネルギーを作ってほしい

2016年3月13日 17:43

三号機 燃料取り出しモデル.jpg

「福島第一原子力発電所3号機使用済燃料プールからの燃料取り出しについて」、特定原子力施設監視・評価検討会(第36回)資料2、2015年7月1日、東京電力株式会社、p2より転載


※本稿は京都三条ラジオカフェの「平智之の報道ウォッチ」(2016年3月12日放送分)のテープ起こしに修正加筆したものです。

※番組での番組視聴は。ここをクリックしてください。
毎週第二第四土曜日に放送。ネットで公開されています。

●5回目の3.11
みなさんおはようございます。3月12日朝6時、平智之の報道ウォッチの時間です。いつも通り今日は何の日でありますが、これは何と言いましても、今日というより昨日ですよね、3月11日、5回目です。あの東日本大震災、そしてそれに起因する原子力災害がありました。

●これから半世紀に直視し続ける
ニュース等でご覧になっているように、福島第1の原子炉の状況は厳しいものです。今後何十年と私たち自身がこの事態の深刻さを直視し続けるということは皆さんもお気づきのことと思います。東電の技術的な知見でも収束に向けては今後半世紀近くかかるのではないかと言われていています。いまだにメルトダウンした溶融燃料のかけら、飛び散ったものがどこに存在しているか、事態がまだわかっていないので、今後(予算が)いくらぐらいかかるのかも想定できないわけです。

●水棺作戦の現場はいかに
最近になってニュースで凍土壁という言葉をお聞きになっていると思います。上から水をかけていますので、その水が土壌に、あるいは海の方へ流れていくことを抑えるために、周りを、原子炉の海水面より低いところまでぐるっと氷の柵を作ってしまう。それによって水が外に出ないようにするという策が講じられておりまして、一部徐々に成功しかけているというニュースが出ておりますが、果たして現場はどうなっているでしょうか。

●対策本部のラスト・リゾート
あの3.11の直後、対策本部のなかで「ラスト・リゾート」という言葉が流通していました。ラスト・リゾートというと、何か「最後のリゾート地」というようなイメージでとられるかもしれませんが、これはエンジニアリングの世界では「最後の手段」を意味します。当時どうにも水が入らない。皆さんも空中から水を散布する映像や、消防車がうまく放水できない映像を覚えておられると思いますが、対策本部ではそれこそ必死の思いで、水よ届け、冷却してくれという思いを持って活動していました。しかしどうしても冷やせないという事態が長く続いておりましたから、どうしても通常の方法で水が届かないならということで、ラスト・リゾートつまり最後の手段をいろいろ検討していたのです。

●冷温停止とは100℃以下ということ
その時私は周囲の人にある考えを伝えていました。みなさんは「冷温停止」という言葉を覚えておられますか? 低い温度に抑えて停止する、つまり100℃以下にするということなんですけれども、なぜ100℃以下にするかというと、水ですよね。水の沸点が100℃ですので、水が蒸発しない範囲の温度というのは100℃以下ということになります。つまり100℃以下にして冷温停止をしないと危険なんだと私たち全員が思わされていたんじゃなかったですか? 冷温停止しないと危ない、と。しかしそれはあくまで水の沸点が100℃だから、それ以下に抑えようね、ということでした。要するに「水で冷やしたい」ということ(が先にあったのではないかということ)だったんです。だからこそ100℃以下にするんだ、それをもって冷温停止状態と言うんだと報道した。実は100 ℃以下というのは水のためだけなんですね。

●100℃以下に拘らないプランBはなかったか?
金属はご案内の通り融点は1000℃越えますのでね、たとえば500℃はだめなんですか? 800℃はだめですか? 100℃以下である必要はなくて、少々高い温度であっても、出てくる崩壊熱の分とそれを放熱する分と、両者が収支バランスしておればそこでぴたっと止まるんです。若干でも出てくる熱よりも取る熱の方が大きければ、だんだん冷えていきます。何かそのような(水の100℃にこだわらない)「プランB」がなかったか。

●水こそが汚染源、プランBを
水というのは蒸発するとあちこち飛んでいきますし、また溶融燃料に触れた水(ものすごく高いレベルの放射能汚染水)が地下や海へ流れていく。そして汚染が拡大します。確かに冷やすための材料として水は非常に優れているんですけれども、とても厄介な汚染源にもなるのですね。そもそも、あの段階で原子炉はすでに運転のための安全停止という状態ではないわけです。事故が起こった後の原子炉というのはもう機械でも装置でもなくて「冷却のための物体」ということでありますから、「本当に水でなければならないか?」「プランBが考えられないか?」ということを何度も周囲に私自身お話しておりました。

●海へ流すのが最初から前提の可能性
しかしプランBをなかなか真剣に考える流れにならなかったのはどうしてかな、と思いますと、やはり「海へ流す」「海へ流さざるを得ない」という思いが当時対策本部に強かったんではないかと思います。結局、現段階でも大量の汚染水がタンクに貯まっているようですし、しゅっちゅう漏れているというニュースも聞きませんか? かなり海へ流出する事故が起こっているというニュースを聞きませんか? 要は、最終的には、トリチウムも今のところ処理する技術がないので、どこかへ投棄せざるを得ない。このままタンクに貯め続けると言っても何十年間タンクが増え続けるというのは不可能ですので、水をかけた以上は海へ流すということが"最初から前提"になっていたという可能性が高いです。ですから、こう考えればよいと思います。あの事故は陸地側に放射能をなるべく飛散させないがために、海へ流すと決めた可能性があります。海へ流すならぱ、流す媒体は水であります。水で上からかけるんであれば「100℃以下にしなければならないんだ」「冷温停止だ」という条件を言えば水をかけることができる。逆から推論をしていただくとわかりやすい。従って現在海へ流れていくという事故が何度も起こっているということは最初から想定通りであったということになります。

●水以外の対策こそが科学力、技術力
もちろん当時現場に関わっていた科学者、技術者がいい加減にそんな重大なことを考えることができるとはもちろん思いません。もし「海へ流す」と予見していたなら、それはラスト・リゾート、つまり最後の手段という覚悟はあっただろうと思います。しかし私は思います。こういう非常事態で窮余の策で、とにかく水しかないから水なんだと言った時に、科学者やエンジニアがなにか水以外の対策がないだろうか、つまり「プランBを考える力」があるかどうかが、やはり科学力であり技術力ですよ。

●ウランだって枯渇燃料
その意味で、ここから原発に限らずこれからのエネルギー全体について考えたいと思いますが、まずウランだって枯渇燃料だというのはみなさんもご存じですよね。天然ガスも原油も、そしてもちろん石炭も。石炭はまだ豊富にあるようですが、しかし枯渇燃料であることは間違いありません。再生可能エネルギーではないんです。従ってこの1世紀、2世紀を、たとえ原発を続けたとしても、私は続けるべきではないと思いますけれど、もし続けたとしても枯渇燃料なんですから、この数世紀以内に新しいエネルギーを作るというチャレンジを人類はしなければなりません。

●原発技術者に新しいエネルギーを作ってほしい
その時に東海村の4000人ほどおられる日本原子力研究開発機構(JAEA)の技術者、開発者、あるいは六ヶ所村にもおられる原発に関わってこられた技術、科学の人々にこそ新しいエネルギーを作ってほしい。「今後100年以内に絶対に作るという方向」で、大量の資金を投下してでもその目標に向かうという大きなチャレンジに今こそ入るべきではないかと。(原発のような)在来の技術だけに固執せずに新しい技術に向えるか。日本は今試されている。これから3.11を40回重ねても50回重ねても、この人類のチャレンジを思い続けたいものです。

また再来週お会いしましょう。ありがとうございました。

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