平智之の活動ブログ

講演録 『ベーシックインカム実現の政治的な課題』

2016年4月 3日 16:58

ニュージーランド労働党2.jpg

ニュージーランド労働党「TEN BIG IDEAS FROM OUR CONSULTATION」
SNAPSHOT OF WORK TO DATE MARCH 2016より抜粋


●ベーシックインカムが政権公約に
『ニュージーランド野党第一党のニュージーランド労働党が次の総選挙でベーシックインカム導入を政権公約として掲げるかどうかについて党内検討に着手』との報道
スイス、オランダ、フィンランド、カナダと立て続けにベーシックインカムのニュースが飛び込む。すべて日本よりも一人当たりGDP(名目)が高い国で。いまベーシックインカムをめぐって世界で何が起こっているのか。私はBI推進派であるが、しばしば「BI導入は失業給付や生活保護などの社会保障財源をカットする方法だ」として警戒する意見をいただく。しかし、いま欧州等で起こっているBI議論にはすこし別の視点がある。移民政策の変化だ。その点を、昨年末開催した私自身のベーシックインカム講演会の内容(一部、内容を加筆修正)でご紹介する。フィンランド、ナミビア、インド、ブラジル、米国アラスカ州、カナダ等の事例から。


講演録『ベーシックインカム実現の政治的な課題』


注:本稿は2015年12月26日開催の筆者講演会「フィンランドのベーシックインカム研究開始とは」の講演録を抜粋編集したものです。随所で修正加筆しています。

●ベーシックインカムへの期待感
つい先日フィンランドでベーシックインカムが今にも始まるという情報がネット上で話題になりました。しかし、事実はフィンランドの社会保険庁にあたるKELAがベーシックインカム導入の可能性を確認するために社会実験の方法を検討するということでした。それでもベーシックインカムの今後について重要な情報であることは間違いありません。さて、本日お集まりの方々はすでにベーシックインカムの定義や考え方についての知識をお持ちの方も多いと思いますので、ここではフィンランドを含む世界のベーシックインカムの動きについて、特に政治的な観点から意見を述べたいと思います。

●世界のベーシックインカム~救貧から富裕層まで~
いまのところ定義通りのベーシックインカムが実施されている国はないと思います。しかし、ベーシックインカム"的"な制度ということであれば、すでに複数の国で施行、実験、検討されてきました。古くは70年代にカナダのマニトバ州のドーフィンという町で4~5年間に渡って実験が行われています。ミンカム(Mincome)実験と呼ばれ、ネット上でも調査結果の概要を読むことができます。またブラジルでは通称市民ベーシックインカム法が施行されています。アラスカ州では天然資源から得られる政府収入分を運用して全州民に年に一回2~3万円程度の現金給付をしています。今後としては、スイスでベーシックインカム導入の是非を問う国民投票が行われる予定(2016年6月)ですし、オランダのユトレヒトも導入実験を計画しているようです。政府レベルではなく非営利団体の実験としては南アフリカの北西に位置するナミビア及びインドの貧村を対象に現金給付の実験が行われました。面白いところではシリコンバレーでビットコインを活用するベーシックインカム的な議論があるようです。以上のようにベーシックインカムの部分施行や実験や検討が、後進国の防貧と救貧を目的とするものから、先進国の富裕層も含めるものまで、実に多様な拡がりを見せています。それでは、フィンランドとカナダとブラジルのベーシックインカムを政治的な視点で考えてみたいと思います。

●フィンランドで台頭する政党"基本のフィンランド人"
今回話題となったフィンランドのケースから見ていきたいと思います。フィンランドはとても粘り強い国です。1800年頃は西のスウェーデンに支配され、それ以降はロシア革命が起こるまで東のロシアに支配されました。つまりフィンランドは東西から侵略されてきた国なので、私はどっちかっていうとバルカン国家に近いんじゃないかなという気がするんですけどね。どっちかに一方的に付くことは絶対にしない。外交として非常に忍耐強い国だなあというふうに思うんですが、どうでしょうか。そのような国がなぜいま急進的な政策であるベーシックインカムを検討しはじめるのか。すこしフィンランドの政治状況を見ます。2015年の総選挙で大きな政権交代がありました。高福祉政策の社会民主党(中道左派)が第四党に転落し、中央党(中道リベラル)と国民連合党(中道右派)と、そして最近台頭してきた真のフィンランド人という政党の三党が連立政権を担うことになりました。ここでちょっと気になるのですが真のフィンランド人という政党名はフィンランド語でPerussuomalaisetでして、調べてみると接頭語のPerusは「基本の」という意味のようです。すると「真の」というのはいかにも民族主義的でわざとらしい感じがしますね。英語でtrue finnishと訳されたために「真の」と日本語で訳されたわけですが、これは米国などの英語圏がPerussuomalaisetを民族主義的な政党だと解釈したいから、そのように意訳したかもしれません。「基本のフィンランド人」だとすれば結構穏健な感じでしょう。このあとは基本のフィンランド人と称します。さて、この基本のフィンランド人の党首ティモ・ソイニ党首が2015年の政権交代で外務大臣に就任したんです。ここが重要だろうと思います。ソイニ党首が主張していることは福祉国家を堅持して富の再分配をする、そして反EUで反NATOです。EUは「資本家の企てだ」と厳しく批判しているんですね。主としてドイツを指しているのではないでしょうか。これはもう、ほぼEUからの独立宣言です。さらに重要な公約があります。「もうこれ以上移民はいらない」という公約です。これが基本のフィンランド人です。ですから私は今回のフィンランドのベーシックインカムのニュースにはソイニ党首の意向がある程度反映されているんじゃないかと感じるのです。

●移民問題とベーシックインカム
KELAの発表には「ベーシックインカムで社会保障の諸制度をスクラップする選択肢も検討する(Scrap social benefits)」とありましたが、ソイニ党首はリバタリアンではまったくなく、むしろ伝統的な福祉国家論者のようですね。この点が政治的に重要です。みなさんご案内のとおり、いまEU各国は移民問題に揺れていますけれども、その争点のひとつが各国の持つ社会保障制度の移民への適用問題です。北欧はもちろんイギリスだってフランスだってそうです。(注:だからこそイギリスは2016年6月予定の「EU離脱の国民投票」に先立って、移民への福祉制度の4年間の猶予措置をEUから勝ち取っている) 社会民主主義の伝統を持つEU各国が社会保障政策を捨てることはできないが、だからといって流入する移民に国民の富を分配することもよしとしない。できれば富の再分配先を国民だけに限りたいという意識が生まれて、そこにベーシックインカムという新しい制度への期待感が生じているという見方はできないでしょうか。ともすれば左派的な政策と思われがちなベーシックインカムですが、現実にはあたかも民族右派的にみえる主張(しかし実際には穏健な伝統主義)とベーシックインカムに親和性が出てくるという可能性です。そのような政局がフィンランドで起こっているのかもしれません。ちなみにフィンランド政府は2015年9月にベーシックインカムと負の所得税について国民に意識調査をしています。実はその13年前の2002年にも同じ調査をしており、いずれの調査でもこうした現金給付の制度に過半の支持が得られてきたようです。つまり今回いきなりベーシックインカムを言い出したのではなく、すくなくともこの10年にわたり福祉国家のフィンランドでベーシックインカムは社会保障制度の代替案または補完策として考えられてきたのだということです。

●カナダの実験でフルタイムワーカーは減らなかった
カナダのドーフィンで行われたMincom実験については、先ほどもお話ししたおとり70年代に4~5年間実験して、いろんな知見を得たようです。しかし財政難で実験が中断して、そのまま調査分析もしないで段ボールに埋まっていたところを、最近マニトバ大学の研究者が掘り起こして論文にしたのがこの資料です。ベーシックインカムについては「実験でなにがわかるのか」という意見がよくあります。「時限で、有期でやるとわかっていたらベーシックインカムの効果はわからないのではないか」という質問です。最初から2年と決まっていたら2年のつもりで貯金したり、5年だったら5年の使い方をするだろうと。でも私はそれはそうでもないと思います。というのはベーシックインカムは非常に巨額の財源を要するので、毎年の金額の変更が法律に規定される可能性があると思うからです。むしろ最初から毎年の予算制約で変額制にしておく方が現実的かもしれません。日本の年金だってすでに財政難からマクロ経済スライドで毎年減額できるルールが定められています。むしろ5年定額というのは実験としては長期ですし、ある程度信頼できる価値ある情報だろうと思います。「ミンカムMincome」で調べるとネットに出ていますから、ご関心のある方ぜひ見ていただきたいと思います。報告書をまとめた方は医療経済学の専門家のようですから医療費についてより詳しいようですが、結果として医療費の削減がはっきりとした有意差をもってみられた、と報告しています。具体的には交通事故とか仕事場の怪我が減った、ドメスティックバイオレンスや心の病が減少したということが報告されているようです。それからベーシックインカムにはいつも「仕事をやめるんじゃないか」という議論があるわけですが、Mincome実験の結果ではフルタイムはみんな続けていたと。著しくワークタイムが減ったのは、小さい赤ちゃんを抱えているお母さんと、そして大学生である。なぜなら賃労働をするよりも優先することがあるからです。むしろ賃労働の時間を減らして本来の育児や勉強に専念できたということでしょう。そうした人以外はフルタイムをやめなかったという傾向が報告されています。

●カナダ社会信用党の「二度と信用しなくなる」失敗
ところでカナダが最近国勢調査でベーシックインカムの賛成・反対を聞いていました。2013年の調査ですがベーシックインカムに賛成する人が反対する人を上回っているんですね。すごいですね。日本で今もし国勢調査したらどうなるでしょうか。賛成しますか反対しますかで、ちょっと挙手してみて下さい。(挙手は賛成と反対で半々)私はですね、まず年金受給者層が反対すると思うんです。ベーシックインカムに財源を取られるから年金が減らされると考えるだろうからです。年金を減らさない制度設計は当然可能なのですが、この点の先入観はきついでしょう。1号2号3号合わせて受給者は4000万人に向かっており、少子高齢化が進む日本のようなシルバーデモクラシーの社会ではベーシックインカムの国民投票はなかなか厳しいでしょうね。推進派の私たちはここをなんとかしなければなりません。しかしカナダは賛成が上回っているんですよね。すごいことだと思います。ちなみに興味深い点としては、独立を考えるケベック州が最も賛成が多い(55%)という点が挙げられます。独立志向とベーシックインカムの親和性が先ほどの基本のフィンランド人と似ているかもしれません。もうひとつ、ベーシックインカムの実現を公約にして州政権(1935年から1971年)を担ってきた社会信用党の本拠地であるアルバータ州で賛成が最も低い(35%)という点です。理由はおそらく単純です。1935年当時、社会信用党はそれまでの与党であった農民党を壊滅させて地滑り大勝利の政権交代を勝ち取ったのですが、その時の目玉公約が「国民配当の実現」だったんですね。ベーシックインカムです。ところが政権に就くなり「実現は難しい」と言ってしまったのです。財源の精査や制度設計をきちんとしていなかったのでしょう。それでよく、その後数十年にわたり政権を続けられたものだと思いますが、それだけ州民が「いつかはやってくれる」という高い期待を寄せていたのかもしれません。しかし、ついに実現しないまま社会信用党も雲散霧消したようです。これではアルバータ州民は反対になりますよね。(親の世代が裏切られたことを次世代の有権者が覚えている、など) ですから社会信用党の失敗はベーシックインカムの実現にとって非常に重要な政治的教訓だと思います。ベーシックインカム実現の公約は、ひとたび有権者に理解されれば政権交代を起こすほどのインパクトを持つ可能性があるから政治的に実に魅力的なのだけれども、しかし実現に失敗すると社会全体がベーシックインカムを二度と信用しなくなるという逆バネのリスクもあるという点です。

●ブラジルのベーシックインカムの政治性
最後にブラジルについてすこしお話しします。現在はボウサ・ファミリアという制度が施行されています。内容は所得制限付きの児童手当のようなものです。しかし、そもそもベーシックインカムとは所得制限をかけないで全国民に個人単位で現金給付するしくみですから、所得制限ありで子供だけの給付をベーシックインカムとするのは難しいです。ですので一般には市民ベーシックインカム法の第一段階というふうに解釈されていると思います。内容ですが貧困家庭の子供一人当たり数千円単位で配られていくわけですけれども、15歳までのお子さんがいる家族にこのカードが渡されて、そのかわり就学と予防接種は義務ですよということで、2012年頃の統計で延べ1,100万世帯、4,600万人の子どもが受益者になったようです。また受給責任者の9割は女性ということです。ここで私の感想を申し上げると、これは政治だということです。2003年にLula氏(貧困層の出身で労働運動のリーダー)が大統領になってから、このベーシックインカム制度を施行して高い支持率を維持したようです。2期務めて大統領を辞する時でも支持率は87%ということですから圧倒的な人気のまま後進に譲ったようです。当然のことながら低所得層の、しかも受給責任者のお母さん達がLula政権を熱心に支えたものと思います。しかし続く政権では高い支持率が維持できていないというデータも見ました。勝手な推測ですが、さらなる金額アップと格差是正の成果が求められることになったのではないでしょうか。この点はさきほどのカナダの社会信用党と同様にベーシックインカムに関する政治的な教訓です。ベーシックインカムは実現に失敗すると二度と信用されなくなるリスクがあるわけですが、うまく実現したらしたで今度はさらなる制度の充実が期待されて、その期待に添えないと逆に不評を買ってしまうというリスクがあるわけです。政治的に考えますと、いったんベーシックインカムを国家政策として導入すると、「ベーシックインカムを廃止します」という政党が勝利することは極めて困難でしょう。(国家財政政破でIMFなどにベーシックインカム制度を廃止してもらわない限り) ですから国民の関心は「もっともっと」という方向へ動くと思うのです。より給付額を上げてくれるのはどちらの政党か?というようなことが選挙の争点になりかねない。大変な期待感が慢性的な不満感につながりかねないという意味で"もろ刃の政策"かもしれません。だからこそベーシックインカムの導入に先立って、かなり周到に財源や制度を考えておかなくてはなりません。たとえ財源問題がクリアーできても、その継続の方法がもっと難しい問題だと覚悟しておいたほうがよいと思います。こうした議論が日本で起こることを期待して本日のお話を終わらせていただきます。ありがとうございました。

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