平智之の活動ブログ

原発・放射能

原発技術者に新しいエネルギーを作ってほしい

2016年3月13日 17:43

三号機 燃料取り出しモデル.jpg

「福島第一原子力発電所3号機使用済燃料プールからの燃料取り出しについて」、特定原子力施設監視・評価検討会(第36回)資料2、2015年7月1日、東京電力株式会社、p2より転載


※本稿は京都三条ラジオカフェの「平智之の報道ウォッチ」(2016年3月12日放送分)のテープ起こしに修正加筆したものです。

※番組での番組視聴は。ここをクリックしてください。
毎週第二第四土曜日に放送。ネットで公開されています。

●5回目の3.11
みなさんおはようございます。3月12日朝6時、平智之の報道ウォッチの時間です。いつも通り今日は何の日でありますが、これは何と言いましても、今日というより昨日ですよね、3月11日、5回目です。あの東日本大震災、そしてそれに起因する原子力災害がありました。

●これから半世紀に直視し続ける
ニュース等でご覧になっているように、福島第1の原子炉の状況は厳しいものです。今後何十年と私たち自身がこの事態の深刻さを直視し続けるということは皆さんもお気づきのことと思います。東電の技術的な知見でも収束に向けては今後半世紀近くかかるのではないかと言われていています。いまだにメルトダウンした溶融燃料のかけら、飛び散ったものがどこに存在しているか、事態がまだわかっていないので、今後(予算が)いくらぐらいかかるのかも想定できないわけです。

●水棺作戦の現場はいかに
最近になってニュースで凍土壁という言葉をお聞きになっていると思います。上から水をかけていますので、その水が土壌に、あるいは海の方へ流れていくことを抑えるために、周りを、原子炉の海水面より低いところまでぐるっと氷の柵を作ってしまう。それによって水が外に出ないようにするという策が講じられておりまして、一部徐々に成功しかけているというニュースが出ておりますが、果たして現場はどうなっているでしょうか。

●対策本部のラスト・リゾート
あの3.11の直後、対策本部のなかで「ラスト・リゾート」という言葉が流通していました。ラスト・リゾートというと、何か「最後のリゾート地」というようなイメージでとられるかもしれませんが、これはエンジニアリングの世界では「最後の手段」を意味します。当時どうにも水が入らない。皆さんも空中から水を散布する映像や、消防車がうまく放水できない映像を覚えておられると思いますが、対策本部ではそれこそ必死の思いで、水よ届け、冷却してくれという思いを持って活動していました。しかしどうしても冷やせないという事態が長く続いておりましたから、どうしても通常の方法で水が届かないならということで、ラスト・リゾートつまり最後の手段をいろいろ検討していたのです。

●冷温停止とは100℃以下ということ
その時私は周囲の人にある考えを伝えていました。みなさんは「冷温停止」という言葉を覚えておられますか? 低い温度に抑えて停止する、つまり100℃以下にするということなんですけれども、なぜ100℃以下にするかというと、水ですよね。水の沸点が100℃ですので、水が蒸発しない範囲の温度というのは100℃以下ということになります。つまり100℃以下にして冷温停止をしないと危険なんだと私たち全員が思わされていたんじゃなかったですか? 冷温停止しないと危ない、と。しかしそれはあくまで水の沸点が100℃だから、それ以下に抑えようね、ということでした。要するに「水で冷やしたい」ということ(が先にあったのではないかということ)だったんです。だからこそ100℃以下にするんだ、それをもって冷温停止状態と言うんだと報道した。実は100 ℃以下というのは水のためだけなんですね。

●100℃以下に拘らないプランBはなかったか?
金属はご案内の通り融点は1000℃越えますのでね、たとえば500℃はだめなんですか? 800℃はだめですか? 100℃以下である必要はなくて、少々高い温度であっても、出てくる崩壊熱の分とそれを放熱する分と、両者が収支バランスしておればそこでぴたっと止まるんです。若干でも出てくる熱よりも取る熱の方が大きければ、だんだん冷えていきます。何かそのような(水の100℃にこだわらない)「プランB」がなかったか。

●水こそが汚染源、プランBを
水というのは蒸発するとあちこち飛んでいきますし、また溶融燃料に触れた水(ものすごく高いレベルの放射能汚染水)が地下や海へ流れていく。そして汚染が拡大します。確かに冷やすための材料として水は非常に優れているんですけれども、とても厄介な汚染源にもなるのですね。そもそも、あの段階で原子炉はすでに運転のための安全停止という状態ではないわけです。事故が起こった後の原子炉というのはもう機械でも装置でもなくて「冷却のための物体」ということでありますから、「本当に水でなければならないか?」「プランBが考えられないか?」ということを何度も周囲に私自身お話しておりました。

●海へ流すのが最初から前提の可能性
しかしプランBをなかなか真剣に考える流れにならなかったのはどうしてかな、と思いますと、やはり「海へ流す」「海へ流さざるを得ない」という思いが当時対策本部に強かったんではないかと思います。結局、現段階でも大量の汚染水がタンクに貯まっているようですし、しゅっちゅう漏れているというニュースも聞きませんか? かなり海へ流出する事故が起こっているというニュースを聞きませんか? 要は、最終的には、トリチウムも今のところ処理する技術がないので、どこかへ投棄せざるを得ない。このままタンクに貯め続けると言っても何十年間タンクが増え続けるというのは不可能ですので、水をかけた以上は海へ流すということが"最初から前提"になっていたという可能性が高いです。ですから、こう考えればよいと思います。あの事故は陸地側に放射能をなるべく飛散させないがために、海へ流すと決めた可能性があります。海へ流すならぱ、流す媒体は水であります。水で上からかけるんであれば「100℃以下にしなければならないんだ」「冷温停止だ」という条件を言えば水をかけることができる。逆から推論をしていただくとわかりやすい。従って現在海へ流れていくという事故が何度も起こっているということは最初から想定通りであったということになります。

●水以外の対策こそが科学力、技術力
もちろん当時現場に関わっていた科学者、技術者がいい加減にそんな重大なことを考えることができるとはもちろん思いません。もし「海へ流す」と予見していたなら、それはラスト・リゾート、つまり最後の手段という覚悟はあっただろうと思います。しかし私は思います。こういう非常事態で窮余の策で、とにかく水しかないから水なんだと言った時に、科学者やエンジニアがなにか水以外の対策がないだろうか、つまり「プランBを考える力」があるかどうかが、やはり科学力であり技術力ですよ。

●ウランだって枯渇燃料
その意味で、ここから原発に限らずこれからのエネルギー全体について考えたいと思いますが、まずウランだって枯渇燃料だというのはみなさんもご存じですよね。天然ガスも原油も、そしてもちろん石炭も。石炭はまだ豊富にあるようですが、しかし枯渇燃料であることは間違いありません。再生可能エネルギーではないんです。従ってこの1世紀、2世紀を、たとえ原発を続けたとしても、私は続けるべきではないと思いますけれど、もし続けたとしても枯渇燃料なんですから、この数世紀以内に新しいエネルギーを作るというチャレンジを人類はしなければなりません。

●原発技術者に新しいエネルギーを作ってほしい
その時に東海村の4000人ほどおられる日本原子力研究開発機構(JAEA)の技術者、開発者、あるいは六ヶ所村にもおられる原発に関わってこられた技術、科学の人々にこそ新しいエネルギーを作ってほしい。「今後100年以内に絶対に作るという方向」で、大量の資金を投下してでもその目標に向かうという大きなチャレンジに今こそ入るべきではないかと。(原発のような)在来の技術だけに固執せずに新しい技術に向えるか。日本は今試されている。これから3.11を40回重ねても50回重ねても、この人類のチャレンジを思い続けたいものです。

また再来週お会いしましょう。ありがとうございました。

目的は高速増殖炉計画の廃止

2013年5月15日 14:52

決算行政監視委員会.JPG


●規制委がもんじゅを止めた?
 昨日、「平さん、規制委がもんじゅを止めましたね」「画期的だと思います」とのご意見を伺いました。おそらくご理解だと思いますが、念のため、規制委が止めたのは"再開"であって"運転"ではありません。

●止まったのは運転ではなく再開
 もともと、もんじゅは運転(つまり発電)が不能になっています。1995年にナトリウム漏れ事件を起こして以来、運転できないでいます。配管を流れる金属ナトリウムを溶かすのに、毎日大量の電気を使っていますが、電気を作ることはありません。そこでJAEAは本年度になって、国費(40~50億円)を投入して運転再開に向けた点検・検査等をしようとしていたのです。つまり、今回規制委が止めたのは運転ではなく「再開に向けた準備」でした。

●170億円の利権は温存
 「画期的だ」と多くの国民が思われるとすれば、今回の「止めた」で2つ留意すべき点があります。ひとつは、再開を止めても現状において約170億円もの整備費が毎年つぎ込まれている点です。「止めた」という言葉で、あたかも予算が削られた印象を与えますが、そんなことはありません。私は、議員在職中(2011年11月17日)に決算行政監視委員会の小委員会で質問に立ち、文科省の高速増殖炉予算を100億円カットしましたが、今回の「止めた」でその水準が維持されただけです。再開に向けた準備のための点検等の新たな費用が使えなくなっただけで、依然としてムダな170億円が投入されているのです。

●1万点の点検漏れで100億円以上が使途不明ではないか
 文科省とJAEAは、「この170億円で安全点検をするのだ」と断言していました。だから運転しなくても170億円は必要なのだと。それに対して私は2011年の決算行政監視委員会で「整備だけでこんなに巨額の予算は不要なはずだ。廃炉前提なのだから電気代込みの30億円程度でよい。」と指摘しましたが文科省側は首を強く横に振っていました。結果は今回の報道のとおりです。点検1万点漏れ。何もやってなかったのです。170億円のうち、ナトリウムを溶かす電気代(数十億円)を除いた100億円以上はいったいどこへ消えたのでしょうか?

●もんじゅは原型炉に過ぎない
 もうひとつの問題は、もんじゅが高速増殖炉研究の原型炉に過ぎないということです。つまり、もんじゅは高速増殖炉研究のひとつの段階に過ぎないのであって、たとえもんじゅが運転不能で廃炉になっても、それは高速増殖炉研究の終了を保証しないのです。そのあたりの問題点は2011年12月11日の私のブログ「ターゲットはもんじゅだけではない」で意見を述べています。

●高速増殖炉は核燃料サイクルの砦
 もんじゅが、このまま運転不能になって、たとえ廃炉に向かっても、高速増殖炉研究そのものを廃止しなければ、いつでもお化けのように登場するのが核燃料サイクルと高速増殖炉です。脱原発・禁原発の目的はもんじゅの運転停止と廃炉ではなく、高速増殖炉計画そのものの廃止です。


電力の需給予測が世論誘導そのもの

2013年4月21日 16:41

今夏の関西、大飯原発を止めても電気は足りる.JPG


●「大飯原発の運転継続が必要」と関西電力が試算
 平成25年4月9日、第二回電力需給検証小委員会が開催され、そこで関西電力から資料が提出されました。その資料による、大飯原発の運転を継続することで、万が一に備える予備率3%をぎりぎりクリアーできる、との試算になっています。

●関西電力の試算には問題がある
 この関西電力の試算にはいくつか問題がありますが、大きなものは次の二つです。

問題1 2010年の猛暑を前提としている(2010年は110年ぶりの記録的な猛暑だった)
問題2 昨夏2012年の実績値を使っていない(仮定に仮定を重ねた数字合わせのような需給予測)

●昨夏の実績を使うと、どうなるか?
 2012年の猛暑日を調べました。2012年7月26日に37.5℃(大阪市)を記録しています。この時の需要と供給の実績値を調べました。今回の関電の予測値とを比較します。

 <需要の比較>
  ・7/26実績 2,672万kW
  ・関電予測 2,845万kW
  ・実績よりも173万kW多めに使うと予測している(過大需要の見積もり)

 <供給の比較>
  ・7/26実績 3,010万kW
  ・関電予測 2,932万kW
  ・実績よりも78万kW供給力が小さいと予測している(過小供給力の見積もり)

●実績で予測すると予備率は余裕
 以上の比較から、昨夏の猛暑日の実績値で見る限り、関電予測よりも251万kWもの余裕が生じており、大飯原発の236万kWは不要となります。大飯原発を止めた場合の予備率を、関電予測と私の実績値調査で比較すると以下のようになります。

<大飯原発を止めた場合の予備率>
・関電予測 需要2,845万kW 供給2,696万kW ⇒ 予備率 ▲5.2%
・平の調査 需要2,672万kW 供給2,774万kW ⇒ 予備率 △3.8%

有識者の皆さんとメディアの責任もある
 以上のように、関西電力の予測は過大に見積もった需要と過小に見積もった供給力で、あたかも電気が足りないように誘導していると考えられます。予測が世論誘導そのものになっています。検証委員会小委員会に委嘱されている有識者におかれては「関電がそう言っているのだから」「経産省も認めているみたいだから」では済まされません。自らの専門家としての矜持と職責を賭けて取り組んでください。またメディアは昨年こぞって「関西は計画停電の恐れあり」という政府の世論誘導に手を貸してしまった責任を感じてください。今夏は徹底的に追求すべきです。「電気不足という昨夏の予測は大きくはずれた」「その検証を政府は一切してない」「今年も同じ手法で意図的に電力不足の予測を出そうとしている」政治部、社会部、科学部が総動員してあたってください。

バックフィットが「安全宣言」の製造装置になるリスク

2013年2月17日 16:39


地震では大丈夫だったと東電が映像を公開
 東電が昨日(15日)、1号機4Fの「非常用復水器(IC)」の映像をはじめて公開し、地震によるICの損傷説を否定したそうです。ICが壊れてないということを目視したことになります。ICとは、すべての電源がなくなっても冷却をすることができる装置で、これが3.11の際に動かなかったので、一気にメルトダウンへ向かいました。もしICが動いていたら、メルトダウンまでの時間をもっとかせぐことができました。国会でも大変な問題となりました。

地震か?津波か?の論争のポイント
 なぜ東電は懸命に「地震では大丈夫だった」と主張するのか。それは廃炉の可能性が増えるからです。もし地震でダメだとわかれば、今年の7月から施行される予定のバックフィット制度(たとえ運転中の原子炉であっても、その時々の世界最新の水準に合わせるよう改良を求めることができ、もしで改良できないときは廃炉を命じることができる制度)により、既設の原子炉のIC関連装置をすべて補強しなければなりません。しかし、それが技術的・経済的に不可能なら廃炉せざるをえなくなるのです。だから、なんとしても「地震では壊れなかった」、「津波対策をすれば大丈夫だ」と結論したいのです。

ICの破壊は映像ではわからない
 そこで映像で「ICはこのように壊れていません」と見せるのですが、疑問です。ICが壊れているかどうかは、目で見てわかるような明らかな破損だけでなく、冷却水が漏れる微小な亀裂や破口が配管に生じていないかどうかのチェックも必須です。国会事故調の報告書もLOCA(冷却水喪失事故)として、そのような見解を述べています。これは映像でのあらっぽい目視でチェックすることではありません。

バックフィットの問題点
 以上のようなことが、バックフィットの問題点の一例です。バックフィッ制度は、今年の7月から施行される予定で、たったいま、その新安全基準案が公表され、意見公募にかけられています。理念は素晴らしい制度なのですが、現実的には危険の隠ぺいに貢献してしまう点にも注意しなければなりません。今回のように、「地震では大丈夫だった」となれば、ICの耐震性を強化する要請はバックフィットの基準に入りません。肝心の問題を「全部津波のせいだ」としてしまえば、「防潮堤」(しかも、今すぐは無理なので、あと数年後にといういい加減さ)だけで問題解決となってしまいます。バックフィットの対象となる技術基準のハードルを下げて、バックフィットを形骸化して、そして規制委員会も政治家も「安全宣言」してしまうのです。バックフィットそのものが「安全宣言」の製造装置になってしまうリスクです。バックフィットが安全宣言の根拠である点に注意を払わなければなりません。国会は、この点を厳しくチェックすべきです。

「廃炉のために原発を続けるべき」は詭弁

2012年12月 3日 02:35


●原発を続けるための詭弁
高度な技術を守るために原発を続けるしかないという意見があります。次のようなご発言を聞きます。
「原発をやめたら世界に誇る原発技術が衰退してしまう。」
「廃炉や使用済核燃料の処分でも技術者が引き続き必要だ。」
「原子炉の技術者を守るためにも原発を続けるべきだ。」
理解できません。必要なのは廃炉の技術であって原子炉の技術ではありません。

●「原発は高度な技術」という誤解
こうしたご意見には2つの誤解があります。ひとつは、原発技術が高度だという点です。原発も火力もボイラーとタービンという在来技術の集積で同じです。原発の方が火力に比べて緊急時冷却機能を多重に持っていますが、それは別に高度というものではありません。多重のしくみは制御が複雑になるだけで、しくみ自体が高度なわけではありません。

●絶対に腐食しない金属があれば高度
絶対に腐食せず、3千℃でも溶けない金属材料があれば高度です。ならばメルトダウンは圧力容器で止められます。あるいは、総延長約120kmにも及ぶ原子炉周辺の配管のどの部分も破断しないなら高度です。しかし原発はそういう代物ではありません。原発は在来技術の集積なのです。ですから原発をやめても発電技術そのものが衰退することはありません。

●廃炉と発電は別のもの
もうひとつの誤解は、廃炉のために原発が必要だという点です。廃炉技術も使用済核燃料の処分技術も、いずれも発電の技術ではありません。原発が作った放射能をどのように取り出し、どのように片づけるのか、それが廃炉の技術であって、発電の技術とは別のものです。廃炉の技術は、すでに大量に作ってしまった使用済核燃料を基に研究・開発していくものです。廃炉技術の開発のために、これ以上一秒たりとも原子炉を運転する必要はありません。

●いますぐやめるのが成長戦略
いますぐ原発をやめることで、世界に先駆けて廃炉と核燃料の超長期管理技術の研究・開発が進みます。その技術を世界に共有することが日本の世界貢献であり成長戦略になると考えます。

市場原理でも「禁原発」

2012年11月25日 07:38

原発コストは安くない
 原発コストは安くありません。それどころか、都市部を直撃する原発事故リスクへの対応費用や、今回の原発事故の収束費用などを含めると、現段階でも原発は火力より高いです。私が計算したところ、原発コストは政府試算の「8.9円~」ではなく17.4円/1kWhとなりました。政府試算の火力発電コストは10円強ですから、原子力コスト火力発電のコストよりはるかに高いのです。

●そもそも市場原理ではない
 すでにコスト優位性を失っている原発が、それでもなお市場に存在するのはなぜでしょうか。市場原理で淘汰されない理由はひとつしかありません。それは原発が、そもそも市場原理に基づいていないからです。たとえば、立地自治体への交付金及び技術開発などで毎年約3千億円が交付されています。財源は電源開発促進税です。本来は電力会社が払うべき地元対策費と研究開発費を、国民が税金で払っているのです。

●電気代も税金
 また、廃炉引当金、最終処分拠出金、再処理積立金は12年度末現在で合計5兆円を超えています。こうしたお金の源は、すべて電気料金です。電気料金という公共料金で国民が積み立てているのです。だから原発は、もともと市場原理に基づいていません。

●保険が成立しない
 もうひとつあります。原発事故の保険が成立しません。保険が成立するためには、最大でどれくらいの被害額が発生するか、そして事故がどれくらいの確率で起こるかを知らなければなりません。しかし、政府(エネルギー・環境会議のコスト等検証委員会)においても、事故発生確率と最大被害想定がいずれも不明とされました。保険が成立しないサービスは、本来市場に存在できません。

●保険がないのになぜ?
 それでもなぜ存在しているのか。それは事故が起こったら青天井で国が面倒をみるからです。「原子力損害の賠償に関する法律」で原子力事故の保険が用意されていますが、電気事業者の賠償額は1200億円まで。それ以上は国が負担するしくみになっています。つまり国民の負担です。

●最初から市場原理で淘汰されている
 こうしたコストを、これまで電気事業者は原発事業として負担してきませんでした。事故リスクを含めると原発の利益構造では賄えないからです。こうした隠れたコストに向き合うと、国民負担でしか成立しない原発事業は、実は最初から市場原理で淘汰されているのです。

●「禁原発」という政策
 市場原理の場合、こうした回復不能の不採算部門は切り離して廃止するのが常識です。国が主導した事業ですから廃止に際しては国が関与する。私が主張する「禁原発」の前半は、そのような政策です。"工学的に絶対な安全が不可能"な点で技術的にも禁止すべきですが、市場に淘汰されている点で経済的にも廃止すべきなのです。原発原子炉等関連施設は電気事業者から切り離して国家管理とし、廃止措置(廃炉や使用済核燃料の処分等)を国の責任で行うという政策です。禁原発政策の後半は、新しいエネルギー社会を構築する成長戦略です。

「原発ゼロとは言ってない」という閣議決定

2012年10月22日 20:02

9月19日の閣議決定.JPG


●「やめる」と言って、「続ける」と言う
つい先日、経済産業の閣僚から、「30年代の原発ゼロは目標であり、そうすると決めたことではない」という発言があったとの報道を見ました。前回のブログで私からも指摘していたとおりです。また、他の閣僚からも「六ヶ所再処理工場は極めて重要だ」との発言がありました。ひと月前には「サイクルの必要性は一から見直す」と公言していた方の発言です。言い分はいろいろあるでしょうが、単純にみると、国民に向けては「やめる」と言い、原子力村に向けては「続ける」と言っているのです。

●原発ゼロは閣議決定されたのか?
前回のブログ(9月18日)に、「これは原発を続けるという文書だから「革新的エネルギー・環境戦略」の閣議決定を止めなければならない」と書きました。その翌日の9月19日に閣議がありましたが、実際にはどうなったのか。ひと月前のことですが再度確認しておきます。

●政府は閣議決定している
19日のある新聞は、『政府、「原発ゼロ」戦略原文の閣議決定見送り』という見出しを付けましたが紛らわしい表現です。閣議決定文書には、本ブログ先頭ご紹介しているとおり、「革新的エネルギー・環境戦略を踏まえて」と明記されています。明確に環境戦略を閣議決定しています。

●「原発ゼロとは言ってない」を閣議決定した
その閣議決定には、「原発をゼロにする」とは明言されていません。経産閣僚のおっしゃったことが正しく、「ゼロを目標として頑張る」と書いてあるだけです。正確には、「30年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する。」とあるだけです。核燃料サイクルの議論を続けること、再処理を続けることを、そして今も行われている官邸前デモを無視して「再稼働する」ことを閣議決定したのです。いわば、「原発ゼロとは言ってない」と閣議決定したのと同じです。民主党が「原発ゼロに向かっている」とお考えの方に留意いただきたいと思います。民主党は原発ゼロに向かっていません。

法律ですべて廃炉の年限を

2012年7月 2日 20:28


6.29官邸前 再稼働反対!.JPG

6月29日(金)午後18時、官邸前。国会議事堂前駅が「再稼働反対」に包まれて。


●制御棒の引き抜き
昨夜(7月1日)の夜9時から制御棒の引き抜きが始まりました。6月29日(金)18時に官邸前に集まって下さった推定十数万人のみなさん、そして官邸前には来られなかったけれども同じ想いを有する全国数千万人のみなさんと同じ気持ちでした。

●バックフィットという制度
先日、原子力規制委員会の設置法と一緒に成立した改正原子炉等規制法(改正炉規法)のなかに、既存の原子炉施設を最新の技術的知見に適合させるよう義務付ける制度があります。昔はなかったが、現在は可能となった安全装置があるなら、それを昔の原子炉にも付けなさい、という制度です。最新基準を満たさない場合には、運転停止および廃炉を命じることができる、という制度でバックフィットと呼ばれます。

●重要免震棟もフィルターもないのに?
バックフィットがあるなら、なぜ重要免震棟もベント・フィルターもない大飯3、4号機を再稼働したのか?破砕帯の活動性もまだ判明していないではないか?と思われるでしょう。バックフィット制度さえ機能していれば法的に再稼働を阻止できたのにと。しかし、実は改正炉規法の施行日はずっと先なので、バックフィット制度はまだないのです。最低でも1年はかかるでしょう。それよりも問題なのは、そもそもバックフィット制度そのものが安全神話になりかねないという点なのです。

●最新技術という安全神話
バックフィット制度によれば、たとえば重要免震棟とベント・フィルターとコアキャッチャー(高温の溶融燃料を受け止めるセラミック等の受け皿)を備えたら運転してよいことになります。最大で40年+20年です。最新技術という言葉が免罪符となって原発を認めることになるのです。原発は、2700℃まで熱くなる核燃料を1000℃で溶ける鉄の鍋釜で包んでいるのであり、どんな安全措置を施しても危険です。最新技術で解決するものではありません。バックフィット制度は、これまでの「絶対に安全」という神話を「最新だから安全」という神話にすり替える制度となりかねません。

●廃炉の年限を法定へいま必要なのは、国内全ての原子炉を廃炉にする年限を決める法律です。安全技術の議論に持ち込むと、上に述べたように止められない可能性が高いです。全て廃炉まであと何年と法定するか?そのような法律の議論がなされるように活動していまいります。ちなみに私は禁原発ですから、だだちに全原子炉の廃炉が、安全の面からも、経済発展の面からも、正しいと考えています。

埋めて忘れて、本当にいいか?

2012年4月23日 15:14

地層処分3.jpg

(瑞浪超深地層研究所の300m地下。エレベータを出たところ。)


●使用済核燃料の最終処分
再処理しようと1回で捨てようと、使用済み核燃料は必ず最終処分しなければなりません。しかも、地下水に触れないように、地上に漏れ出してこないように、数千年から数万年にわたって安全性を確保しなけれなりません。まさに人類史的な管理です。

●瑞浪超深地層研究所を視察
いまのところ世界で安全とされている方法は地層処分です。宇宙は途中の大気圏内で爆発したら地球全体が汚染されるので禁止。海は海洋汚染が深刻なので禁止。結局、許されているのは地上での処分のみ。その地上処分で最も適切な方法が地層処分だとされているのです。さきほど地層処分研究を行う瑞浪超深地層研究所を視察しました。エネルギーPTの使用済み燃料に関するワーキングチーム(近藤昭一座長)です。

●地下300mの研究施設
立てに掘り込んだ坑道で地層処分の研究が行われています。最終的に使用済み核燃料を保管する地下施設の計画や設計のあり方が研究対象です。たてに坑道を掘ることによって周囲の水脈や水質はどうなるか?地盤(瑞浪は花崗岩層)の亀裂はどうか?などを調べています。映画「10万年後の安全」と同じ風景です。

●管理するのか?管理しないのか?
私からは、同席いただいたJAEA幹部、文科省担当者に向けて次の質問をしました。「地層処分は地下深くに埋めて、数万年後に向けて放っておくという技術だ」「それもひとつの選択肢だが、逆に放っておかないで人類が管理し続けるという選択肢も検討すべきではないか?」「管理するのか?管理しないのか?の選択肢だ」

●原子力村の一致した認識
JAEA理事長はそもそも最終処分の研究者でおられるそうで、「散々検討してきた結果として地層処分が選ばれた」「アメリカも北欧もそうであり、地層処分が専門家の一致した認識だ」とのこと。私からは「専門家と言われるが、それはいわゆる"原子力村"ではないか?」「より広い専門分野から検討したらどうなるか、示してほしい」と述べました。「埋めて忘れる」という感覚が腑に落ちません。「埋めてしまえば問題ないから」という"バックエンドの安全神話"ではないか。

●禁忌として引き継いでいく発想
核エネルギーは純粋に科学的・技術的な議論だけでなく、文明論的、思想的な議論が必要です。人類が再び核エネルギーの利用を思い出さないように管理を引き継いでいく発想はないでしょうか。禁忌として。実際、過去の痛ましい公害事件で埋めた毒性の強い廃棄物が、わずか30~40年で再び漏れ出すリスクにさらされています。数万年とはなにか?放射能も化学物質の毒性も人間の一生より長く続きます。次世代に負の遺産を残さない方法が"忘れること"かどうか、再度検討すべきです。核物理やプラントの専門家だけには任せられません。


地層処分2.jpg

(この行き止まりから先も発破で掘り進む)

がれきの広域処理は原発推進と同じ

2012年4月 9日 19:59

宮城がれき.jpg

宮城県のがれき処理現場を視察した際に携帯で撮りました。
タイヤ、木材、洗濯機など、それぞれの分別が整然と行われていました。

●納得できない「がれき広域処理」
がれきの広域処理には納得できません。突然のように国民の協力を要請する新聞広告。「みんなの力でがれき処理」という15段ぶち抜き(全面)広告には恐怖を感じました。

●法律で国民の責務になっていた
菅政権の最後の法律であり細野大臣が所管する「放射性物質環境汚染対処特別措置法」の第6条に次のように定められていました。
『(国民の責務)第六条 国民は、国又は地方公共団体が実施する事故由来放射性物質による環境の汚染への対処に関する施策に協力するよう努めなければならない。』
国の施策は「がれきの広域処理」です。つまり「放射能拡散のリスクを国民が受け入れるべき」と法律に書かれていることになります。環境委員会での議論を傍聴すべきでした。まさかこの条文が放射能がれきの広域処理につながるとは。

●23年度の広報予算は9億円
 今回の広報予算を環境省に聞きました。広域がれき処理を国民に要請するための広告費用予算(平成23年度)は合計9億円です。うち2億円が新聞等の広告出稿であり、7億円が普及・啓発活動です。放射能の拡散リスクを普及・啓蒙するという発想自体が信じられません。

●普及・啓発ってなんだ?
約7億円の普及・啓蒙活動の細目は以下のとおりです。
・ポータルサイトの企画・運営
・パンフレット・DVD作成
・コールセンター運営
・研修等の実施
・除染情報プラザの運営等
焼却灰処分予定地の周辺にお住まいで不安をお持ちの方々に、放射能拡散リスクを無理強いするために情報プラザをつくる?パンフレット・DVD?「原発は絶対に安全です」「事故など起こりえません」と普及・啓蒙してきた過去の原発推進政策の構図と瓜二つです。がれきの広域処理は原発推進と同じです。3.11で何を学んだのか。

●こんな環境省が規制庁を?
私はもともと規制庁が独立の三条委員会であるべきだと考えていました。当初の党PTの提案資料にも明記しました。しかし、「原子力村の過ちを2度と繰り返さないために独立は逆に危ない。だから規制官庁たる環境省の下に置くのだ」という政府(内閣官房準備室)の主張に委ねたのです。しかしこれはなにか?環境省は規制官庁をやめるのか。このような環境省に規制庁がぶらさったら余計に危ない。

●がれきの広域処理は即刻中止すべき
政府には環境規制行政の危機(放棄)だと考えていただきたい。低線量被ばくのリスクが不明である放射性物質で廃棄物処理の基本原則「持ち込ませない」「持ち出さない」を外すなどありえません。「測定して少ないモノだけをお願するのだ」も理由になりません。1Bqでも(原発事故由来であれば)拡散は拡散なのです。低線量被ばくの不確定リスクに加えて、1Bqであっても国が移染を国民に義務化するというのは道義的に大問題です。憲法25条に抵触しないのか法制局で議論はなかったのか。すでに多くの方々がご指摘のように、国民が受け入れる責務を有するのは放射能ではなく被災者です。国民が負担する責務を有するのは、放射能拡散の広告・普及・啓蒙・運搬・処分費ではなく被災者への補償です。完全に間違っている。

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