平智之の活動ブログ

平智之のひとりごと

TPPと中国について

2015年10月22日 15:57

20151021東門.jpg

2015年10月21日弘法さんの日。東寺東門前で。


10月21日(水)、雲一つない秋空の下、弘法さんにお参りの大勢の皆さん。
東寺東門前の街頭でお話をさせてもらった。

●農産品も80%以上の関税撤廃へ
毎日のようにTPPのニュースを見る。年限を決めて、工業産品は100%、農産品は80%以上の品目で関税撤廃に向うという合意との報道だ。まだ現状では政府間の合意に過ぎないから各国が議会で可決しないと発効はしない。日本でも米国でも議会で紛糾するだろう。国内の生産者や労働者を守れるかどうか(そういう制度と予算がつくれるか?)で紛糾するだろうが、可決する可能性も十分にある。

●期待と心配が相半ば
TPPは生活費に直接影響するだろう。海外の安い野菜やお肉が入ってくる。でも品質の問題は大丈夫だろうか。日本の高級食材が輸出しやすくなる。たとえば京野菜は海外で高く売れるだろうか。

(捕捉)2017年4月の10%消費増税の際に軽減税率で食品を減税し、なおかつ外国産で食材が安くなったらTPPメリットが二重に目立つという計算があるかもしれない。

●オバマ大統領の言葉
1点だけ私の意見を述べておきたい。あるメディアが「これで中国包囲網が完成した」という主旨の記事を掲載したと聞いたが日本の通商外交戦術として包囲網にメリットがあるだろうか。確かにTPP加盟国の政府間妥結直後にオバマ大統領が「ビジネスのルールづくりが中国主導で進められることを許すわけにはいかない」という主旨の発言をしたとの報道がある。しかしそれはイコール「中国の孤立化政策」を意味しない。中国主導ではない太平洋アジア交易圏が誕生するならば、そこに中国を迎えてもオバマ大統領の発言と矛盾しない。

●シナリオ比較という定石を
好き嫌いではなく、いくつかのシナリオを比較するのは定石だ。来年中にもしTPPが発効するならば、中国にも参加してもらえるように日本が交渉の労をとるのが東アジアにとって有益となる可能性も検討してはどうか。さらに、もともと日本政府が進めてきたASEAN+6(日、中、韓、豪、NZ、印)に則って韓国にもインドにも参加のアピールをしていくのはどうか。ところで私はアジア太平洋経済圏の構築には賛成だが、その方法はTPPよりもASEAN+6から米国にも参加を求めていく方が有益だと思っている。

●弘法さんがおられたら
平安時代最初の遣唐使船で中国に渡って真言密教の極意を会得された弘法大師が、もしいまこの場に立っておられたら中国と日本のこれからについてどのようなお考えをお話になるだろうか。そんな思いを胸に、今日は弘法さんにお参りの皆さんに「TPPと中国」のお話をさせていただきました。

祇園祭と貞観地震

2015年7月17日 22:56

移動中.jpg説明中.jpg


●雨のなかの山鉾巡行
本日、台風11号の雨のなか
前祭(さきまつり)の山鉾巡行が挙行された。
祇園祭山鉾保存会の役員の皆さんと町衆の皆さんに感謝。
と同時に阪神淡路大震災と東日本大震災にも思いを込めたい。

●貞観地震の鎮魂
実は貞観地震の発生と祇園祭(祇園御霊会)のはじまりはほぼ同時。
貞観地震の発生は貞観11年(869年)5月26日。
祇園祭のはじまりは同年6月7日との記録。
だから祇園祭のはじまりは疫病退散だけでなく、
貞観地震被災への復興祈願と鎮魂だったという説がある。

●平安京だから鎮魂は自然
私はその説を信じる。
たとえば長岡京や難波京は地名を冠する都だが、
平安京は"平安"という祈りの詞を冠する都。
朝廷が世の平安を願って震災の御霊(みたま)を鎮めようとするのは、
平安京ならごく自然に思える。

●巡行の直前
写真は本日の朝9時の巡行の舞台裏。
私の住まいのすぐ近くの岩戸山
巡行出発に向って移動中。

●学生さんにありがとう
もう一枚は引き手に巡行本番の説明中。
きっと京都の大学に学ぶ学生さんもおられるだろう。
京都に来てくれて山鉾を引いてくれてありがとう。
みなさんの存在が鎮魂の証です。

●京に生まれた者として
京の都が世界の平安を祈る場所であるという自覚を
京に生まれた者としてこれからも大切にしたい。

ジョン・ナッシュの訃報に接して

2015年5月28日 21:25

ラフォンの本.jpg

読んでみたらすごく難解だったが、どうしてもその理論を知りたくなった本

●ジャン・ジャック・ラフォン
2003年頃にジャン・ジャック・ラフォンという仏経済学者の学術書を読んだ。国土交通省の委員会委員として入札制度の議論をしていたときだった。なぜ建設業者は赤字覚悟の価格で応札するのか?ダンピングの定義やそれが起こるメカニズムとはなにか?等について法律家、経済学者、民間識者(私の立場)が参加していた。その折に経済書をいろいろ読む中でラフォンの名前を知った。ジャン・ジャック・ルソーに名前が似ているのですぐに覚えた。

●セカンドベストの作り方
昨年のアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞(俗にいうノーベル経済学賞だがノーベル賞ではないようだ)を受賞したジャン・ティロールとラフォンの共著である「調達と規制のインセンティブ理論」(上の写真)はもちろん理解の範囲を超えていたが、なんとかその理論を知りたいと思わせる1冊だった。世のなか契約事でベストは得られない。せいぜいセカンドベスト(次善の成果)が関の山だけど、だったらその関の山であるセカンドベストはどのような契約書で実現できるか?セカンドベストが実現できることも凄い、そんなことを理論的に教えてくれる本だった。独占禁止や不正競争防止は万国共通のルールではなく、各国の文化や各業界の現場ルールに則しているほうがいいと、その時以来思っている。

●お互いに裏切り合うこと
そしてラフォンの本を読む中で、ジョン・ナッシュ(1994ノーベル経済学賞)の理論にも触れることができた。ミクロ経済やゲーム理論を学ぶ順序がでたらめなのだけれども門外漢としてそれが楽しい。お互いにウソをついたり裏切る方が有利になる、つまりお互いに非協力的である方が有利だとみんなが思う"世の中の落としどころ(均衡)"とは何かを理論的に理解させてくれた。

●東アジアの協力解
それどころか、永遠にお付き合い(無限繰返しゲーム)することがお互いにわかっている時、お互いに裏切らないで協力し合った方が全員にとって不利がないという落としどころがあるという理屈(フォークの定理)には夢を感じた。この定理によれば永遠にお隣さんであることを拒否できない日中韓のような東アジアはお互いに協力し合うことが理論的な答えなのだと、その時以来思っている。

●ナッシュの訃報に接して
私とミクロ経済学の接点はとても細い。たまたま関心に任せて何人かの経済学者の理論に触れただけなのに、そんな細いつながりのなかで知りえた二人の知性がもうこの世にいない。ジャン・ジャック・ラフォンは2004年に早逝し、そしてジョン・ナッシュが奥様と共に一昨日交通事故で亡くなった。失うことの寂しさが止まらない。ご冥福をお祈りする。

【報道ウォッチ35】 鳩山元総理のクリミア訪問

2015年3月15日 13:09

●クリミア訪問でひとつの論調しか見えない
鳩山元総理のクリミア訪問について一つの論調しか見えてこない。政府から評論家に至るまで「政府の制止を顧みずにクリミアへ行ったことは国益を大きく損なう行為」「日本国の総理経験者としてあるまじき行為」という論調ばかりだ。

●なぜ?と思わないか
驚くべきことだと思う。鳩山元総理の意図を探る視点、つまり「なぜ鳩山氏は大きな批判を覚悟してまでクリミアへ行ったのか?」という視点の報道が見つけにくい。これまでの中国訪問中の尖閣問題に関する発言、そしてイラン訪問中の核査察問題に関する発言を経て尋常ならざる批判を受けてきた鳩山元総理だからご存じないはずはない。クリミアへ行くだけでメディアとそのメディアの報道に影響される世論から再び大きなバッシングを受けることを。それでもなぜ断行したのか。不思議に思うのが自然だ。「なぜ敢えて行ったのか?」みなさんはどう思われるだろうか。

●明確な意図がなければできない
自分自身も原発問題等で厳しい批判を経験した。特に身近な者や強い支持者からの批判は辛い。それが元総理であればインパクトは計り知れない。波状の人格攻撃は厳しい。だからしばしばネット上で散見されるような「目立ちたいから」や「KY外交」などの揶揄はあたらない。そんな呑気な理由でやれることではない。そうした視点を一度自分の体験と仮定して想像いただきたい。明確な意図がなければできない。

●レアメタルの専門家がクリミア訪問を論考
どんな意図なのかについて、レアメタル専門家の意見がネット(東洋経済オンラインに)で掲載されている。
『鳩山由紀夫元首相は、宇宙人か馬鹿か天才か』
クリミア半島での「無謀な行動」を分析する
筆者は中村 繁夫氏(アドバンストマテリアルジャパン代表取締役社長)。
ぜひ一読いただきたい。 記事はこちら

●一見狂っているようだが当たり前の意見
レアメタル商社を経営し、2月にはモスクワを商談で訪れた筆者はロシア人の意見も聴きながら次のように述べている。

『NATO加盟国以外の世界の世論は、中立の立場である。中立の立場とは「米国の意見も聞くし、ロシアの意見も聞く」という、子供でもわかる理屈である。一見狂ったように見える由紀夫氏の考え方は「ロシアの意見も聞く」という当たり前の意見を言っているにすぎない。』

●友好条約と天然ガスとシベリア開発
また筆者は「鳩山元総理を非難する人々こそが日本の国益を損なっている」という主旨(平解釈)の視点を次のように述べている。

『専門家はお見通しだが、プーチン大統領は日露平和友好条約の締結とサハリンの天然ガスの共同開発とシベリア開発を心から推進したいと考えている。これまでも何度となく日本政府にラブコールを投げかけているのに、私から言わせれば、日本の「洗脳されたロシア性悪説論者」が邪魔をしているのだ。早い話が今回の由紀夫氏を貶めようとしている面々とも言える。』

●反米も対米従属もちがう、という立場
さて、この記事の筆者と私の共通点は「米国が好き」という点だ。反原発と反米がセットになっている方々もおられる(そしてそれはひとつの見識だ)が私は米国好きで原発反対だという点を集会でも述べてきたし拙著にも書いてきた。単純にすべてをワンセットにして、それ以外は間違いだと断じる姿勢があるとすればそれは民主的ではない。私はかねがね「反米は有益ではないが同時に対米従属もリスキーだ。外交において日本はひとつの姿勢に偏るリスクを取るべきでない。」という主旨のことを言ってきた。同じことを筆者が次のように書いている。

『誤解のないようにいっておくが、私は米国が好きだ。だが、一方で、対米一辺倒型で万事うまくいくほど、外交は簡単ではない。米国一辺倒では得られるものは極めて少ないのもまた事実なのである。新興国を中心にレアメタルビジネスを展開している筆者だからこそ、声を大にして訴えたいのだ。』

●米国が好きな人
そして鳩山元総理もまた米国が好きな人物だろうと思う。そもそも母校が米国のスタンフォード大であり、当校のフットボールチームがローズボール(全米大学No1決定戦)に出場することを嬉しそうに話されるのを直接聞いたことがある。クリミアを訪問するのは鳩山元総理にとって反米的行為ではなく、むしろ親米派の鳩山氏による日米露の架け橋の意味や可能性も考えたい。

お金持ちもベーシックインカムを受け取る(BI#5)

2015年2月 8日 05:00

所得制限YesNo.jpg

平智之講演会『ベーシンクインカムを考える(第三回)』(2015/1/31)の内容をスライドごとに解説(その5)


●所得制限にYesか?Noか?
「お金持ちにベーシックインカムは不要だから、やはり収入制限はあったほうがいいと思うか?」と聞かれたらYesかNoか、どちらだろうか。生活保護の場合は、ご存知のとおり所得制限があって基準以下の低所得層だけに給付されるしくみだが、BIはどうだろうか。

●"すべての市民"が重要
ここまで述べてきたように、私は「格差の是正」よりも「働く自由」に重点を置いてBIを考えたいと思っている。その場合にBIを受け取る権利は誰にあるのか。私の場合、BIを受け取る権利は低所得層だけではなく、高所得者も含めた「すべて」の市民にあると考えている。だから答えはNoで、所得制限を設けないからこそBIなのだと考えている。「市民とはだれか」には様々な議論があるが、まずはこの「すべて」ということが重要だと考えている。

●鳩山政権の子ども手当も同じ
この点については鳩山政権の子ども手当でも同じ議論があった。子ども手当は格差の是正を目的とするものではなく、すべての子供に等しく給付されるということから、鳩山総理(当時)は「所得制限を設けないのが基本」という立場を貫こうとしていた。しかし財務省からは財源不足を理由に所得制限を設けざるをえないという立場が表明され、最終的には三党合意で子ども手当が廃止となり、結局は所得制限付きの児童手当に戻された。給付額を抑えたいという動機はとても強いから所得制限を設けないのはとても難しい。

●所得制限で生じる問題
さて、もしBIの受け取りに所得制限を設けると、生活保護等で指摘されるようにいくつもの問題が生じる。たとえば、
1 わざと働かないでBIを受け続けようとする問題(貧困の罠)
2 所得を不正に低く申告してBIを受け取る問題(不正受給)
3 以上により高所得層が制度そのものに不信感と不公平感を持つ問題
4 BI受給者が社会に対して「申し訳ない」という思いを抱く問題(スティグマ)
5 所得制限の基準額が選挙などに政治利用されて利権化する問題

●格差是正なら生活保護の充実が早くて効果的
生活保護制度はそのような所得制限の問題を抱えつつも実施されている。そうした問題を乗り越えてでも実施する義務がある。生存権(憲法25条)だ。そう考えると、もしBIの目的が「格差の是正」ならば、特に新しい制度として国論を挙げてBIを構想しなくても、いまの生活保護制度の捕捉率(実際に生活保護費を受け取っている人/生活保護費を受け取れる人)の向上を目指す方が早くて効果的だ。平成24年度の生活保護費3.7兆円を何倍にしてでも保護が必要な人に給付していくことを目標とすればよい。たとえば捕捉率2割という説があるが、それが本当なら生活保護予算を3.7兆円から18.5兆円(=3.7兆円×5)に拡大する計画を考えることになる。ものすごく巨額な増額だが、そもそもBIがものすごく巨額な予算要求を前提としている。

●「すべての市民」だから新しい制度に
しかし、BIの目的が「格差の是正」ではなく「働く自由」ならば、生活保護と比べる意味はないし、所得制限も必須ではない。これから数十年は続くとされる人口減少期に入ったところで国民全員で一緒に考えてみてはどうか。これまで子どもと高齢者に認められてきた生活保障(子ども手当と年金)を下から上からすべての世代に延長し、かつ所得制限も設けないという新しい制度の価値を検討してみてはどうだろうか。「すべての市民を対象とする現金給付」という新しい制度の価値と実現性だ。これからそのことについて私の考えを述べたい。 (続きはBI#6へ)

「働く自由」に向けたベーシックインカム(BI#4)

2015年2月 6日 16:53

二つのアプローチ.jpg


平智之講演会『ベーシンクインカムを考える(第三回)』(2015/1/31)の内容をスライドごとに解説(その4)


●「格差」と「自由」という二つの立場
二つの立場を考えたい。格差を是正する、あるいは脱貧困のためにBIが必要だとする立場と、働く自由を生み出すうえでBIが有意義だとする立場と。実際にBIが施行されたら、人それぞれの事情で脱貧困に役立つ場合もあれば、働く自由に有効となる場合もあるだろう。BIを受け取る人によってとらえ方が変わって当然だが、制度を考えるうえでは、どちらをより優先するかが重要となる。

●ブラジルのBIは脱貧困から
ブラジルではすでにベーシックインカムの基本法が施行されている。皆さんもご存じのとおりブラジルは貧富の格差が非常に大きい国。富裕層(1%)と貧困層(50%)の世帯収入合計が同じという統計もある。そこでブラジルは以下の原則を求めるBIの基本法を施行している。
・すべての国民(及び最低5年以上居住の外国人)を対象とする
・収入に関わらず受給できる
・生活(食糧、教育、健康)に最低限必要な金額とする
・BIは所得税で非課税とする
しかし財源が足りないので、まずは"所得制限あり"の子ども手当からはじめている。貧困層の子どもたちを救うのだ。(注:貧困家庭にBolsa Familiaと呼ばれるカードが配布され、子どもの人数に応じて現金が給付される。主として食費に使われているという調査がある。)

●スイスのBIは自由から
一方スイスでは、BIの実施に関する国民投票が連邦議会で審議中とされている。日本は憲法改正に関してのみ国会発議で国民投票を実施できるが、スイスではたとえば国民が「BIを導入して欲しい」というイニシャチブを宣言し、18か月以内に10万人以上の署名を集めて連邦議会に提出すると、議会で国民投票実施の審議をしなければならないそうだ。つまり国民投票に関して日本は議会発議でスイスは国民発議となる。そしてそのイニシャチブが一昨年(2013年10月)に十数万筆の署名とともに議会に提出されたとのこと。内容の大枠は国民一人あたり(成人)に1カ月あたり2,500スイスフランを無条件支給するというもの。スイスの平均年収は約9百万円なので為替レートと購買力平価などを大雑把に勘案すると日本円では1カ月当たり15万円程度になる。ブラジルに見る脱貧困のニーズというよりは、働く自由に対する要求がより強いように思う。(注:ところでスイスでは2013年11月に「1:12イニシャチブ」が国民投票に付された。年収格差を12倍以内に収めることの是非を問うた。約65%vs35%で否決されたが、格差についても非常に高い関心がある。)

●完全BIと部分BI
さて、ベーシックインカムについて格差と自由の二つの立場があるとすれば、私は「働く自由」から考えてみたいと思っている。つまりスイス型だ。ただしスイスの市民案のように月15万円の規模はとても難しい。日本の成人は約1億人で、もし一人15万円を毎月給付すると年間180兆円の財源が必要となる。現在、日本の年金と児童手当が60兆円弱だからその3倍。これはとても難しい。15万円が理想的な「完全BI」だとすれば、私は金額はそれよりも少ないが実現性が少し高まる「部分BI」を皆さんと考えてみたいと思っている。議論のために、成人が月5万円、子どもが月2万5千円とする。

●「働く自由」に向けたベーシックインカム
重ねて、国民一人当たり、月15万円を給付するとどんな社会になるかを想像してみるのは非常に意義深い。子ども、高齢者、障害者を含めて、もしすべての国民が貧困から解放されたら、その場合に労働観はどうなるか、それでも自由競争による格差が問題になるのかなど。しかし政治の議論としては、たとえ部分BIであっても、実現により近づける方向を探りたい。部分BIといっても、大人2人、子供2人の世帯なら合計で月15万円のBI(ちなみにスイスBI案ならば月30万円)になる。結構な額だ。すると、たとえば「農業に関わりたいので今の仕事をやめたい」とか「地域活動にもっと時間を割きたいので就労時間を短くしたい」とか「大学院に進んで勉強を続けたい」など、自分の社会環境が変化するときに余裕が持てる。さまざまな「働く自由」が期待できるかもしれない。ちなみにトマス・ペインは「農民の正義」(1797)のなかで高齢者の年金に加えて「若者の就職準備金」のような最低限所得保障の重要性を書いているとのこと。各自が求める仕事に向かっていく姿勢を社会が応援するしくみとしてBIを考えられないか。

ベーシックインカムが福祉国家に馴染まない可能性(BI#3)

2015年2月 5日 19:50

それぞれ違う.jpg

平智之講演会『ベーシンクインカムを考える(第三回)』(2015/1/31)の内容をスライドごとに解説(その3)


福祉国家では雇用政策が重視される。失業は社会不安の源なのだから「資本主義の延命策である福祉政策」(BI#2参照)は完全雇用を目指すことになる。だから職業訓練も失業給付も次の就職を応援するのであって、失業はあくまでも一時的なものとされる。

一方、就労の有無を問わない現金給付であるBIの発想からすると、雇用政策はあってもいいし、なくてもいい。仕事に戻ってもらうための職業訓練や現金給付を行う福祉国家は、仕事に戻らなくても現金を給付するBIと馴染まない部分がある。

BIのある国家と福祉国家が同じとは言えない。

注)ちなみに私はBIの実現を望むならば現行の福祉政策の充実とセットだと思っている。後述のするが、現行の厚生年金、共済年金、健康保険の各制度の充実とともにBIがある、という考え方を持つ。

福祉制度は資本主義の延命策という考え方がある(BI#2)

2015年2月 5日 19:46

それぞれ違う.jpg

平智之講演会『ベーシンクインカムを考える(第三回)』(2015/1/31)の内容をスライドごとに解説(その2)


『社会主義国家=福祉国家』という見方を聞くことがある。究極の福祉国家が社会主義国だという見方だ。

どうだろうか。私自身、BIを勉強し始めてからいろんな本に触れるが、福祉国家については「自由競争で生まれる格差を富の再分配で修復する国家を指す」という主旨の解説を読む。つまり格差の不安を取り除いて自由競争に基づく資本主義を守ることが再分配の目的だという説明がなされているのだ。だから社会主義側からすると「福祉政策は資本主義の延命策」という解釈になる。

すると福祉国家は資本主義国家のひとつのかたちではあっても、社会主義国家の姿とはならない。(革命論からすれば福祉国家は社会主義国家の一歩手前ということかもしれない)

福祉国家と社会主義国家が同じとは言えない。

社会主義とベーシックインカムはむしろ相いれない(BI#1)

2015年2月 5日 19:38

それぞれ違う.jpg

平智之講演会『ベーシンクインカムを考える(第三回)』(2015/1/31)の内容をスライドごとに解説(その1)

BIについて語ると『それは社会主義的だ』という意見をもらうことがある。「就業の有無にかかわらず国家が個人に現金を配る」ことが社会主義的だという指摘だ。

しかし、皆さんもご存知のとおりレーニンは「働かざる者食うべからず」を引用して「勤労の義務」を社会主義社会の前提とした。

労働なき収入を国家が保証するBIの考え方が社会主義的だとする解釈は難しい。社会主義とBIはむしろ相いれないのではないか。

BIのある国家と社会主義国家が同じとは言えない。

【報道ウォッチ34】 古賀氏の「I am not Abe」

2015年2月 3日 00:12

シリアにおける邦人殺害予告事案に関する関係閣僚会議.jpg平成27年2月1日、シリアにおける邦人殺害予告事案に関する関係閣僚会議(首相官邸HPより転載)


●総理の会見『償わさせる』
2月1日早朝、安倍総理は首相官邸のぶら下がりで次のように発言した。
『ご家族のご心痛を想うと言葉もありません。政府として全力で対応してまいりましたが、まことに痛恨の極みであります。非道卑劣な、卑劣極まりないテロ行為に強い怒りを覚えます。テロリストたちを決して許しません。その罪を償わさせるために国際社会と連携してまいります。日本がテロに屈することは決してありません。食糧支援、医療支援といった人道支援をさらに拡充してまいります。そしてテロと戦う国際社会において日本としての責任を毅然として果たしてまいります。』(2/1、首相官邸、午前6時40分過ぎ)

●「償わさせる」ことは可能なのか?
集団的自衛権の限定的行使容認は昨年7/1に閣議決定されたが、それで「償わさせる」ことは不可能だ。できるのは「自分の身を守る」ことだ。武力行使の新三要件(①我が国の存立を脅かす明白な危険性(急迫不正から変更)、②他に方法がない、③必要最小限)については、昨年7/1の閣議決定直後に総理が発言したとおり「憲法の規範性を何ら変更するものではなく、新三要件は憲法上の明確な歯止めとなっています。」であるから、現行憲法によりテロ行為に対して「罪を償わせる」ことができる法理を作れると私には考えられない。どんな論理で「人道支援」と「罪を償わさせる」がつながるのか。

●官房長官はさらに強いトーン
野党等の追求によって発言の撤回または訂正があるかと思ったが、官邸のホームページには「シリアにおける邦人殺害予告事案に関する関係閣僚会議」での冒頭発言としてほぼ同じ発言内容が掲載されている。時間の異なる会見で同じ内容だとしたら、これは原稿だ。そして、翌日の菅官房長官は会見で「昨日総理が発言しますけど、この罪を償わせるために、国際社会と連携していく」と明言している。「人道支援」が抜け落ちて、「国際社会と連携して償わせる」という強いトーンになった。

●「首相声明、自ら加筆」との報道
事務方(官僚側)の原稿で「償わせる」という文言が使われることは考えにくい。すでに報道では「首相が自ら加筆した」とある。これが本当ならば国防に重大な影響を及ぼす行政行為だ。政府は行政府だ。行政と立法の分立の原則により立法側の自民党内部からも異論が出ていることを願う。どこまでが事務秘書官の作文で、どの部分が政治家の加筆なのかを見定めて欲しい。平成23年12月26日に野田総理(当時)が「発電所の事故そのものは"収束に至った"と判断をされる、との確認を行いました。」という発言でも同じ憶測が流れた。誰が「収束に至った」と書いたのか。

●集団的自衛権と原発再稼働の共通点
昨年夏、私は『集団的自衛権と原発再稼働の共通点』という講演会を開催した。その時の私の論点は「与党がどこであっても、総理が誰であっても、消費税は上げるし、原発は再稼働する。政治家と関係なく官僚が一貫している。」という主旨だった。しかし今回は逆の論点となる。行政の一貫性を超えて政治が独り歩きする場合の危険性だ。どちらもあって複雑だ。

●古賀氏の「I am not Abe」
その意味で、古賀茂明氏が報道番組で発言した「I am not Abe」に意義がある。一見、賛成vs反対の"明快な争点"とも受け取れるが、その真意には政治家と官僚が織りなす司法・行政・立法の混沌とした複雑な意思決定プロセスを知り抜いたうえでの視座があると思う。"読み切った論点"も民主主義にとって欠かせない。

ページの先頭に戻る